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戦いの前の静けさ

   志乃と直接話をした日から数週間。恐ろしいまでに、なにも起こらなかった。すぐに相手からアクションを起こしてくると思っていた蓮斗は、その奇妙な静けさに少しだけ困惑している。それとは対象的に、輝とのキスのことを思い出して、ニヤける日もあった。まるで冷水とぬるま湯を交互に体内へと流し込んでいるような心地だ。 「難しい顔してどうしたんだよ。なにかあったのか?」 「なにもないから問題なんだよ。考えすぎて、天使のような僕の顔にシワができてしまいそうだよ」 「そっか。頑張れよ」  興味をなくしたのか、都城はテレビ画面へと視線を戻した。そんなドライな反応には一ミリもめげずに、蓮斗は再び考えを巡らせる。志乃のあの様子では、なにも行動しないということはまずないだろう。だとするなら今は準備期間のようなものなのかもしれない。 (……きっとやばいのが来るはずだ) アリステラのときも突然だった。初めは、伯爵令嬢主催のお茶会で横暴な態度を取ったという噂から始まった。擁護してくれる貴族も居たけれど、お茶会でした会話の内容などの一致する点が多く、結局その噂を根本から否定するまでには至らなかった。よく考えてみれば、伯爵令嬢とルキナは仲が良かったため、噂を流すために上手く丸め込んだのかもしれない。 それからも期間を開けず、アリステラの根も葉もない悪評や噂が出回るようになった。初めこそ信じていなかったシリルも、数を重ねるごとにアリステラへの不信感を募らせていったのだろう。どれだけ否定しても信じてもらうことのできなかった絶望の日々。思い出すだけで身の毛がよだつ。  今回も似たような手口で来るかもしれない。なにせ相手は誰もが憧れる生徒会書記様だ。学園の生徒が、いじめられっ子の蓮斗と志乃のどちらを信じるかは明白だろう。 「あー!もうっ、ムカつく!」 「うおっ、びっくりした」  考えれば考えるほどに、頭の中はこんがらがっていく。蓮斗の大声のせいで、テレビへと集中していた都城が驚いて肩を跳ねさせた。うるさいと講義するようにじっとりとした視線を向けてくる。 「あ、ごめん」 「やっぱなんかあるんだろ。話してみろって」  蓮斗の方へと身体ごと顔を向けてくれた都城。けれど、蓮斗は関係のない彼を巻き込みたくはない。前世のことを話しても信じてはもらえないだろう。だからといって、志乃がいじめの主犯だと伝えるのもリスクがある。証拠もないため、一方的に責めてもこちらが割りを食う羽目になるだろう。 「……またいついじめが再開するかわからないから不安なんだよ」  本音と嘘を織り交ぜて伝える。都城は親友だ。だから隠し事は極力したくはない。けれど、事実を伝えられない現状では、こう伝える他に方法がなかった。  不安げな表情で都城を見つめる蓮斗。本当は嘘がバレてしまわないだろうかという不安と、本当のことを話すことのできない罪悪感から浮かべた表情だ。しかし、都城には蓮斗が本気でいじめについて悩んでいるように見えるだろう。先程までのドライな表情は一変して、悲痛な面持ちへと変化した都城の様子に、蓮斗は胸を痛めた。 「わるい。嫌なこときいちまったな。……あー、上手く言えないんだけどさ、一人で抱え込まくてもいいと思う。だって、お前には会長がいるだろ。あの人は凄いし、なんでも解決してくれそうじゃん。でもさ、あの人に言えないこととかがあったら俺に教えてくれても大丈夫だから。俺は会長みたいに凄くはないけど、一緒に悩んでやることはできるからさ」  優しい言葉に救われる思いがした。本当に優しくて最高の親友だ。蓮斗は改めて都城と同室でよかったと再確認した。それから、一人ではないのだということも自覚させられる。  アリステラに味方はいなかった。孤独の中、寂しく生涯を迎えたけれど、蓮斗には輝と都城が居る。二人の存在は心強い。蓮斗が道に迷っても、彼らが救い出してくれるのだろう。そんな気がする。 「ふんっ、恥ずかしい台詞言っちゃってさ!」  素直じゃない蓮斗は茶化すように言葉を返しながらも、内心では感動で泣きそうになっていた。 「おまえな~」  都城が大きなため息を吐き出す。心配をして損したとでも思っていそうだ。そんな都城へと、蓮斗は穏やかな視線を向ける。口元には自然と笑みが浮かんでいた。 「冗談だよ。ありがとう」  少しだけ素直になることを覚えた蓮斗は、都城へと感謝の言葉を伝える。本当のことを話せないもどかしさや、申し訳なさも含まれていた。もしも都城が前世の世界に居たのなら、きっとアリステラも仲良くできたのではないだろうか。そんな夢物語を想像できるくらいには、心に余裕ができてきた。 「なんか急に素直になられると調子狂うな」 「僕をなんだと思っているわけ!?」 「……そりゃあ、へんてこナルシストだろ」 「はぁ!???」  都城の言葉に蓮斗は本気で怒りを露にする。そこは親友だと言うところだろう。それなのに、へんてこナルシストなどという不本意な肩書を付けられてしまった。蓮斗は確かに傍から見ればナルシストに足を突っ込みかけている。けれど、本人に自覚はない。なぜなら、容姿を褒められることは蓮斗にとって当たり前のことだからだ。その価値観は、アリステラから丸々受け継いだものであり、記憶を思い出す前の蓮斗とは真逆のものだ。 「っ~~!ばか!アホ!唐変木!」 「はあ?」  聞き覚えのある悪態をつきながら都城の肩をポカポカと叩く。こんなじゃれあいができるのも都城だからだ。いつもの呆れ顔に戻った都城が、痛いと不満を漏らす。けれど、蓮斗の攻撃は止まない。きっとここに輝が居ても同じだっただろう。まさに今が蓮斗の望む平穏な時間だった。

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