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人質①

いつも通り、お弁当を食べるために屋上へと向かう。屋上へと続く扉の隙間から、先客の影が見えたことで足を止めた。緊張感が漂ってくる。 (よしっ、行くぞ!)  気合を入れて扉を潜り抜けた蓮斗へと、視線が送られてきた。気がついて笑みを向けてくれる輝に、いつものように少し冷めた瞳を向ける。けれど、内心では心臓が驚くくらい早く鳴り響いていた。 「ここに来ると思って待っていたんだよ」 「……そう」  予想はしていた。輝の耳にもカンニングの件は届いているのだろう。輝の隣に腰掛けると、緊張と恐怖のせいで手に汗が滲み始める。 ____上手く気持ちを伝えられるかな……。  相手に気持ちを話すことが苦手な蓮斗は、輝とお弁当へと交互に視線を向けながら、どこから話せばいいのかを考えていた。まとまらない思考に、焦りすら感じてくる。無言の一秒が何十分にも感じるほどだ。 「ねえ、俺は少しだけ蓮斗に怒っているんだよ」  沈黙を破るように発せられた言葉に、蓮斗の考えも飛散する。瞬間、伝えようと必死に考えていたことがなにもかもわからなくなってしまった。  蓮斗には珍しく、伺うように輝の顔を見つめる。少しだけ昔の自分に戻ったような心地がしていた。気弱で何事にも後ろ向きな、前世を思い出す前の香波蓮斗。幼い頃から、言葉では表しようもない孤独感や不安定な心の揺れに苛まれていた。きっと無意識のうちにアリステラだった頃のトラウマが心に棲みついていたのだろう。  だから、蓮斗は人と関わることが苦手なのだ。自分の発した一言一句を、他人に監視され評価されているような気分を感じていた。それは、社交界で様々な経験をしてきたアリステラの、心の不安定さからくるものだったのかもしれない。 「っ、僕のこと輝も疑っているの?」  泣きたい気分だ。すでに目尻から涙が流れ落ちてきそうで、必死に食い止める。怒っていると言うわりには優しい手つきで、輝が蓮斗の頭を撫でてくれた。それに面食らった蓮斗は、顔を上げて、輝の吸い込まれそうなほどに透き通った瞳を真っ直ぐに見つめ返す。 「俺は蓮斗のことを信じているよ。それに、一緒に沢山勉強をしただろう。俺が怒っているのはね、蓮斗がなんでも一人で解決しようとしていることにだよ」 「……それは……巻き込みたくなくて……」  本音がぽろりと漏れた。先程まであんなにも伝え方を考えていた気持ちが、輝の一言で滝のように溢れてくる。 「僕は誰かに頼るとか、信じるとかが苦手なんだ。どうしたらいいかわからないし、もしも裏切られたらって、いつも怖い」  手が震えてしまう。どれだけ強がっても、自信たっぷりに振る舞ってみても、根底にある愁訴感は消えてはくれない。前世でなにを間違えてしまったのだろうか。どうしてあんな最後を迎えなければならなかったのだろう。自問自答を繰り返したところで答えは出てこない。それに、誰もその答えを知っている者などいなかった。  気持ちを告白した蓮斗のことを、輝がそっと壊れ物でも扱うかのように抱きしめてくれる。そのせいで、ますます涙腺が緩んだ。 「俺はなにがあっても蓮斗の味方だよ。だから、頼ってほしい。もっと思っていることを聞かせて。俺が君を守るから」  輝の肩に頬を寄せながら、蓮斗は身を預け、誰かを信じる難しさを噛み締めていた。 『俺がアリステラのことをずっと守ってあげる。だから、心配することなんてなにもないんだよ』  アリステラがまだデビュタントを迎える前、シリルにもらった言葉を思い出す。あのときは、シリルと決別してしまう日が来るとは想像すらしたこともなかった。アリステラの太陽として、キラキラと光り輝いていたシリルの言葉を本気で信じていたから。

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