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人質②
けれど結局、アリステラの思いやシリルの言葉はすべて空虚に、現実の中へと飛散してしまった。どれだけ冷たくされても、アリステラはシリルからもらったいくつもの温かな言葉を信じ続けた。
信じて、信じ尽くして、その結果が今だ。人間不信にも近いこの感覚を蓮斗は嫌いだと思いながらも、捨てきれない。
「ずっと味方だっていう証拠をちょうだい。そうじゃないと信用できないんだ」
「それなら、これをあげる」
輝は胸ポケットからボールペンを取り出すと蓮斗へと手渡してくれた。側面に輝の名前が彫られたそれは、やけに高級感があり掌に載せると重みを感じる。
「祖父から高校進学祝いにもらったものなんだ」
「これを僕に?」
「うん。神社で願掛けしてもらったいいものらしいよ。外国人の祖父の血が濃い俺のことを心配してくれたみたいでね。お守りなんだ。きっと、蓮斗のことも守ってくれる」
「そんな大事なもの受け取れない」
思わず突き返そうとするも、手で制されてできなかった。困惑の視線を目の前の手へと向ける。
「大事なものだから蓮斗に持っていてほしいんだよ。いうなればこのボールペンは人質みたいなものだ。俺はずっと蓮斗の味方だっていう証」
頬に大きな手が触れてくる。きっと、輝には蓮斗の不安が手に取るようにわかるのだろう。寄り添おうとしてくれる気持ちが代え難いほどに嬉しくて、蓮斗は一粒瞳から涙を流した。
切羽詰まっていたものが剥がれて落ちていく。一人で頑張る必要などなかったのだと、ようやくわかった。同時に、もらった言葉や気持ちを大切にし、返していきたいと改めて決意する。
「じゃあ、このボールペンは人質として預からせてもらう。ありがとう輝」
アリステラにとってのシリルのように、蓮斗の瞳にも輝は太陽のようにキラキラとして見える。手や、彼の心に触れたときの温もりは、蓮斗のことをいつも包み込み照らしてくれた。
ボールペンを握りしめながら、笑みをこぼす。頬に添えられていた手が、頭へと回されて、輝が蓮斗のことをゆっくりと胸の中に抱き込んでくれた。
「頑張り屋さんな蓮斗のことが心配だ」
「……過保護すぎるでしょ」
「目を離したすきに君が消えてしまいそうで怖くなるときがある。どうしてなんだろうね」
胸元に頬がついているせいで、輝の顔は見えない。だから、どんな表情を浮かべているのかすらわからなかった。でも、寂しさと悲しさの入り混じった切ない声音のせいか、どんな顔をしているのか、容易に想像できる。
きっと、輝のその感覚は前世がシリルだから感じるものなのだろう。アリステラが亡くなったあと、シリルがどんな気持ちでどんな生活をしていたのかを、今世になって少しずつ知ることができている。取り返しのつかない過去を聞けば聞くほどに、アリステラにたいしてシリルがどんな感情を抱いていたのかが、ますますわからなくなってきた。
嫌われているのだと思っていたはずなのに、今はそれすらはっきりと肯定できない。
「いなくなるわけないでしょ。それに、そうならないためにボールペンをくれたんじゃないか」
「っ、ふふ、そうだね。蓮斗の言うとおりだ」
輝が笑うと、蓮斗も自然と笑顔になれる。彼の胸元に擦り寄りながら、そっと目を閉じた。このまま眠ってしまえば、幸せなままでいられる。甘えるように、輝の背へと手を回す。その時、く~~っと可愛らしい音が、蓮斗のお腹の奥から鳴り響いた。飛び跳ねるように輝から離れた蓮斗は、顔を真っ赤にさせながら輝の方を見る。
笑いを噛み殺している輝。そんな彼のことを睨みつけ、お腹を抑えながら、台無しになった雰囲気に名残惜しさと恥ずかしさを感じた。
「お腹が減ったよね。お弁当を食べようか」
「っ、うぅ~~」
言葉にならない唸りを上げながら、持ってきていたお弁当を開封していく。相変わらず都城御手製だ。蓋を開けた瞬間のカラフルさにはいつも感嘆してしまう。そのおかげでお腹が鳴ったことは頭の外に追いやられてくれた。
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