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記憶の真偽③

結果的に言えば、蓮斗は本当に風邪を引いてしまった。濡れたまま外を歩いたから身体が冷えたのかもしれない。ベッドに寝転がり、ズビズビと鼻水を啜っている蓮斗の額に、都城が熱冷シートを貼ってくれる。貼る直前の冷たさのせいで眉間にシワがよる。けれどその後には、ひんやりとした心地よさが熱を吸い取ってくれ始めた。 「俺は学校行くからな」 「……卵たっぷりの雑炊」 「はいはい。作って冷蔵庫に入れてるから腹減ったら食えよ」 「ありがとうママ」 「お前みたいな可愛くない子供は願い下げだ」  相変わらずの呆れ顔のまま、都城は部屋を出ていく。一人きりになった室内はやけに静かすぎて、寒気がさらに強くなった気がした。  眠るにも眠れず寝返りをうつ。輝と一方的に喧嘩したばかりなのに、弱っているせいなのか物凄く会いたい。  アリステラも前に同じことを考えていたときがあった。風邪を引いていたわけではないけれど、時々無性に大好きなシリルに会いたくなるときがくる。そのたびに手紙を送ってみたり、わざわざ馬車を走らせたりもした。 (結局手紙の返事は来なかったし、会いに行ったら追い返されたっけ……)  シリルの徹底したアリステラ嫌いは巷でも有名だった。表ではアリステラのことを持て囃す人々が影で指を差し、必死にかまってもらおうとする姿を笑っていることも知っていた。  シリルとルキナが婚約を表明したときに、祝のために作られた絵本。その中では、低い身分から上り詰め、シリルに愛されるルキナの姿が詳細に描かれていた。まごうことなくその物語の中でシリルとルキナはヒーローとヒロイン。そして、二人の仲を邪魔するアリステラは悪役そのもの。 ──ただ好きだと伝えたいだけだった。  結ばれない恋だとしても、シリルがそれを受け入れてくれなくとも、仲のいい友人としてでいいから、彼の隣で笑っていたい。そんな、ささやかな未来を、願うことすら許されなかったアリステラの罪とはなんだろうか?  涙が溢れてきそうになったとき、部屋へ続く扉からノック音が聞こえた気がした。都城が戻ってきたのかもしれないと思い、考えなしに開ける。色素の薄い焦げ茶の髪が視界に入ったときには、扉を閉めるには遅すぎた。 「風邪で休んでいると聞いたからお見舞いに来たんだ。鍵は都城君に借りた」 「わざわざ来たわけ?」 「うん、来ちゃった。とりあえず横になったほうがいいよ」  お言葉に甘えベッドに横になった蓮斗の頬に、手が充てがわれる。ひんやりとしていて心地いい。沢山伝えたいこともある。歯痒くて、手に負えないような胸の疼きはまだ静まってはいない。それなのに、輝の顔を視界に入れ、体温を感じるだけで、すべてを許せてしまう。  きっとそれが駄目なのだ。蓮斗は、充てがわれた手に自身の手を重ね合わせると、そっと目を閉じた。そうして、ポツポツと独白のように言葉を紡ぎ始める。 「ずっと教会で祈っていたんだ。僕の大好きだった彼なら、絶対に素敵な国を築き上げることができると信じていたから。幸せだけを願ってた」  国王となったシリルの隣にアリステラが寄り添うことはできなくとも。ただ、愛する人が幸せならそれでよかった。 「……どうして?」 ──シリルはアリステラに酷いことばかりしていたのに。  悲しげに眉をたれさせる輝の瞳が、そう訴えかけているような気がした。蓮斗は目を開けると、輝に向かってふやけるような笑みを向けてみせる。 「愛してたから」 「っ……」  輝は一瞬息を呑むと、顔に両手をあてて、深く深く深呼吸を繰り返し始める。それはきっと心の準備のための時間なのだろう。蓮斗は黙ったまま、輝の準備が整うのを待つ。  数秒が経ったのち、顔から手を離した輝が、今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら蓮斗のことを抱きしめてきた。 (僕を抱きしめているのはシリルなんだ) そう察した蓮斗は、恐る恐るシリルの背を撫でてやる。 「ごめん……本当にごめんっ」 「一つだけどうしても聞きたいことがあったんだよ」  謝罪の言葉を受け入れながら質問を投げかける。 「|僕《アリステラ》のこと嫌いだった?」  ずっと聞きたくとも聞けなかったこと。直接本人から聞くことが怖くて、ずっと胸のうちに秘めていた疑問。突然シリルがアリステラに冷たく接するようになった頃、何度も考えた。なにか嫌われるようなことをしてしまったのだろうかと。 「信じてもらえないかもしれないけれど、俺はアリステラのことを愛している。けれど、俺は王太子だった……」 「うん」 「子孫を残すためには女性と婚姻しなければならない。だからといってアリステラを愛人になど決してしたくはなかった。何年も悩んで……結局、俺は君に嫌われてしまおうと考えたんだ」 「手紙の返事をくれなかったのも、追い返したのも、全部嫌われたくてしたことなの?」 「……そうだ。いつか離れ離れになってしまう運命なら、初めから絶ち切ってしまいたかった。……王太子として、貴族の上に立つ者として、君を裁かなければならなかったんだっ」  眉根を寄せ、涙を流しながら、|輝《シリル》が気持ちを吐露してくれる。お互いの気持ちを語り尽くすには時間が足りない。それでも一番知りたかったことは聞くことができた。  彼の行いを正当化することはできない。許せないと思うこともある。話してくれれば力になれたかもしれない。そんなやるせなさが尽きなかった。  けれど、完璧だと思い込んでいたシリルも一人の人間なのだ。力が足りず、身動きが取れなくなるときもある。失敗することも、傷つくこともあって当たり前だ。 「アリステラはシリルに無意識のうちに重荷を背負わせていたんだね」 「アリステラから与えられる重荷なら、シリルは喜んで受け入れるだろう」  指先で涙を拭ってやる。そうすると、顔が近づいてきた。 「風邪が感染るよ」 「言っただろう。君のなにもかもを喜んで受け入れる。それは俺も同じだよ」 「そういうところ本当に重いんだけど」  キスを受け入れながら、柔らかい声で悪態つく。そうすると、輝が泣き顔を笑顔に変えてくれた。 m

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