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記憶の真偽④
負った傷は癒えることはないのかもしれない。アリステラは傷ついたまま死に、シリルもまたアリステラの死を悲しみながら寿命を終えた。立場や柵(しがらみ)から解放されたいと望んでも、到底逃れることはできず、苦しむしかなかった。
「……シリルは最後になにを思っていたの?」
聞きたいことは沢山ある。けれど、ずっとそのことが気がかりだった。アリステラは死んだあとの世界を知らない。それは生きる者だけが見ることを許されるものだから。
その残された場所でシリルはどんな国王として生きていたのだろうか?
他人に教えてもらうのではなく、輝の口から聞きたいと、蓮斗は強く思う。
「きっと話したら怒られるだろうな」
「怒んないよ。たぶん」
「ふふ、たぶんか。……うん、話すよ」
輝が懐かしむように目を細める。その動作も、輝の一言一句すら、蓮斗は見逃さないように注目する。
「シリルは歴代国王の中で最も早く亡くなったんだ。四十八歳だった。祈りを捧げながら亡くなっているアリステラをこの目で確認した瞬間、シリルの世界は灰色にしか映らなくなった。即位してからも、独身のまま。毎日のように天にいるはずのアリステラに謝っていた」
心を病んでしまったのだと輝は最後に付け足した。その事実が蓮斗の心を悲しみに染める。
あんなにも見つめていたはずの愛する人の気持ちに、どうして気がついてやれなかったのだろう。手を取って前に向かって突き進ませてくれた太陽のような彼に、弱い部分などないのだと思い込んでいたからなのだろうか。
「いつ僕がアリステラだってわかった?」
どうして教えてくれなかったのだろうか。蓮斗が大変なときはいつだって寄り添ってくれる輝。蓮斗にとっても輝は太陽のような人だ。でも、アリステラと同じ轍を踏みたくはない。
「空き教室で蓮斗を見つけて、手を差し出したときに振り払ったのを覚えている?」
「覚えてるよ」
蓮斗はそのときにシリルのことを思い出したのだから。輝はその瞬間を思い浮かべているのか、懐かしむように瞳に弧を描いた。
「あのときかな。手を振り払われた瞬間、前世の記憶が流れ込んできたんだ。初めは混乱した。でも、拒否されたことに、どうしてだか安心もしていたんだ。|自分《シリル》がしたことを怒ってもらえた気がしたのかもしれないね」
「そんな前から思い出してたなら教えてくれたらよかったのに……」
「言えなかったんだよ。蓮斗へのこの気持ちが前世の記憶の影響かもしれないと考えたら、少しだけ戸惑ってしまったんだ。俺は蓮斗のことが好きだって、確信できるまでは伝えられなかった。だから、嫌がられているのを知っていて何度も会いに行ったんだ」
「たしかにウザったいくらいだったよ」
初めは逃げていた。
もう二度と悲しみを抱えたりなどしたくなかったから。けれど少しずつ、輝のウザったさが蓮斗の心を動かしていった。
誠実さが……愛が──蓮斗を変えた。
「あ~なんだか熱くなってきたな」
与えられていた愛の深さに気が付いた蓮斗は、熱くなった顔を手で仰ぐ。輝がそんな蓮斗の様子を心配そうに伺ってくる。それが嬉しくて、口元に笑みが浮かぶ。
「話し込んでしまったから熱が上がってしまったのかもしれない。俺はそろそろ帰るから、蓮斗はしっかり休んでおくんだよ」
気を利かせて輝が立ち上がろうとした。そんな彼の手を咄嗟に掴む。離れたくないと思う。もっと話していたい。語り尽くせなかったことは沢山ある。今世の自分たちのことですら、まだわからないことだらけだ。
「……行かないでよ」
「蓮斗、でも……」
「一方的に話し逃げするなんて許さないんだから。次は僕の話を聞いてもらわないとさ」
輝は数秒黙り込んだあとに、また先程と同じ場所に腰掛け直してくれた。それを確認して満足気に笑みを浮かべた蓮斗は、熱い顔をアイス枕で冷やしながら気持ちを吐露していく。
「僕は、輝と出会えたのがこの場所で良かったと思ってるんだ。学生って授業は大変だけど、それ以外は自由だし、この世界には前にいた世界とは違って身分もなにもないでしょ。輝は生徒会長様だけど、そんなの僕から言わせればあってないような肩書だよ」
「たしかに高校生の俺達はなによりも自由だね」
「そうでしょう。きっと僕の祈りが神様に届いたんだろうね。だから、僕と輝はこんなにも自由な世界で再会することができたんだと思う。それってさ、奇跡みたいだけど、きっと全部決まっていたことなんだよ」
アリステラの運命も、シリルの人生も、全部決められていたことなのだ。それでも、足掻いて藻掻いて、祈り続けて、蓮斗と輝は現代世界の高校生として再び巡り会えた。
だから、蓮斗はもう輝から逃げたりなどしない。輝もきっと隠し事をすることもないだろう。手を取り合い、並んで前へと進んでいく。この世界でならそれが叶う。
「僕が眠るまで手を握ってくれない?」
「もちろん。蓮斗の願いならどんなことだって叶えてみせる」
「そこまでは望んでないんだけど」
指先が触れ合う。そうして、ゆっくりとお互いに繋がりができていく。感じる体温も、息遣いも、肌が触れ合う感触すら、身に刻み込んでおきたい。輝という存在をずっと感じていたいから。
忘れたいこともある。忘れられないこともあった。けれどそれにはすべてに意味があるのだろう。蓮斗はこの瞬間、その意味を理解できた気がした。
(きっと、アリステラとシリルも仲直りしてるはずだよね)
二人は蓮斗と輝の中で生き続けている。だから、こうしてお互いに手を取り合っていれば、あの二人も繋がることができるだろう。少なくとも蓮斗はそう信じている。
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