40 / 62
正面衝突③
こちらへと視線を向けてくれた輝が、泣きそうな子供みたいな表情を浮かべて蓮斗を見る。
「どんなに嫌なことをされたって平気だよ。だって輝が、こうやって僕の気持ちに立って怒ってくれるから」
「でも……」
なおも志乃を問い詰めようとする輝を止める。これ以上言い争いをしても平行線のままだ。志乃は意見を変えない。蓮斗も同じ。
「そういう所が本当に嫌いだよ」
輝の手を握っている蓮斗のことを志乃がきつく睨みつけてくる。瞳の奥に宿る憎悪に焦がされてしまいそうで、蓮斗は眉を寄せた。
どうしてこんなにも彼に嫌われてしまっているのかはわからない。アリステラとルキナはシリルのこと以外ではあまり接点もなく、共通の友人すら居なかった。本当に一方的に嫌われてしまっている。そのことにもずっと疑問を感じていた。
「どうして僕のことがそんなに嫌いなわけ?あんたになにかした覚えなんてないんだけど」
むしろ害された記憶しかない。アリステラも蓮斗も、強気な性格をしているが基本的に争いは好まない質だ。そのため、こんなにも苛烈に攻撃される理由がわからないし、教えてほしい。
「君の存在そのものが気に食わないんだよ。ずっと言っているだろう。努力もせずになにもかもを持っていた君が憎くてたまらない」
完全なる逆恨みだ。けれど、志乃がその思いに突き動かされていることは確かでもある。
なにがそんなにも彼を歪めてしまったのだろうか?
身分なのか、生い立ちなのか──それとももっと深いなにかなのかもしれない。けれど、だからといって人を傷つけていい理由にはなり得ない。
「僕を憎むのは勝手だけど、周りの人を巻き込むのはやめてよね」
「君が僕のお願いさえ聞いてくれていれば穏便に済んだはずだ。けれど、君はそうしなかった。ならその選択が間違いだったと思うくらいの苦痛を与えてあげないといけないよね」
完全に化けの皮が剥がれてしまっている志乃は、楽しげに喉を鳴らしている。空恐ろしさすら感じるその姿を見て、蓮斗は更に顔を顰めた。
「志乃、これ以上蓮斗に手を出したら流石の俺も黙ってはいられない。君には本当に酷いことをしたと思っている。けれど、そのやり方は間違っていると気がついてくれ。取り返しがつかなくなる前に」
輝の切実な訴えを聞いていた志乃は、ストンっと感情をどこかに落としたかのように表情を消した。普段は可愛らしさすら醸し出している顔が、今はただただ邪悪に見えてしまう。
「やめてよ。君からの説教は聞き飽きているんだ。アリステラが死んだときもそうだった。僕のせいだと責めて、何年も連れ添ってきたはずなのにあっさりと切り捨てたじゃないか。そんな人間の言葉なんて聞きたくもない。反吐が出るよ」
「っ、あのときはっ……」
「もういいから!」
志乃の怒鳴り声が生徒会室内に響く。その声に弾かれて、輝の言葉が途切れた。怒鳴り声を上げたことで荒くなった息を整えながら、志乃がいつもの人当たりの良さげな笑みを浮かべてみせる。蓮斗の瞳には、その笑みが哀愁を帯びているように感じられた。
「もういいから、出ていってくれないかな」
これ以上はお互いに限界だ。輝も志乃も、もちろん蓮斗も、思うことや吐き出したいことも沢山ある。ありすぎるからこそ、こんな形でしか発散できないのかもしれない。
「行こう輝」
肩に軽く手を乗せると、数秒遅れて輝が動き出す。シリルとルキナの間にどのような会話が行われ、どんな別れ方をしたのかは蓮斗には知る由もない。けれど、良い別れ方ではなかったのだということは見ていて理解できる。そのせいで、輝が後ろめたさを抱えていることも。
志乃に背を向けて生徒会室を出ると、うつむいて無言のままの輝へと身体ごと視線を向けた。いつもは眩しすぎるほどに輝いている灰青の瞳が、今は少し陰っている。
「なーに落ち込んでるんだよ」
あえて明るいトーンで話しかけた。蓮斗の取り柄はとにかくめげない、うつむかない。だから、輝のことも元気付けてあげたかった。
「昔のことを思い出してしまってね」
「シリルとルキナのことでしょ。聞くよ」
「……ありがとう」
へにょりと弱々しく笑う輝。
その顔がシリルと重なる。
稽古や授業で失敗したり、嫌なことがあったときはいつも、二人きりで慰め合いをしていた。成長するにつれてなくなっていったその時間を、懐かしみながら思い出す。
取り返したい時間、取り戻したい想いは沢山ある。いつかまたシリルと共有できる日が来ると信じていた。もしかしたら、そのいつかは今なのかもしれない。
ともだちにシェアしよう!

