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悪足掻き③
立ち上がると制服に付着した土埃を払う。志乃の揺れる瞳孔が蓮斗の行動を監視してくる。
「どうせ汚れるのに身嗜みなんて気にしても仕方ないと思うけど」
「……どういう意味?」
「そのままの意味だよ。君も僕と同じように汚してあげようと思ってさ。そうすれば恥ずかしくて輝の前になんて姿は現せなくなるだろうから。皆入っていいよ」
不穏な言葉と合図に目を見開く。
扉の開く音と、ザリザリと土を踏みしめる音が倉庫内に響き、待機していた男子生徒が入ってきた。ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている男子生徒達を、蓮斗は睨みつける。内心では、どう逃げ出すべきか必死に頭を働かせていた。
無意識にボールペンに触れる手に力が入る。嫌な予感が背筋を伝い、冷や汗が流れ落ちた。いじめられているとき集団で殴られたことは何度もあった。けれど、そのときの感覚とはまた違う雰囲気だ。
ゾワゾワと肌を掠める不快感に思わず眉間にシワを寄せてしまう。
「なにする気」
「わかってるんじゃないのかい?ふふ、これから君をボロボロになるまで可愛がってあげようと思ってね。気持ちいいかはわからないけれどね」
「っ、そこまでして僕を貶めたいわけ!?そんなことしたって輝はあんたには振り向かないよ!」
声を荒らげると、志乃は楽しげに笑いながら蓮斗の耳元に唇を寄せてきた。
「僕はね君の思い人だから彼が欲しいんだ。だからね、君からなにもかもを奪えるならそれで満足なんだよ」
志乃の顔を至近距離で見つめる。満足気に歪められた美しい顔は、アリステラが断罪されるときに見たルキナの顔とそっくりだった。
背筋が凍る感覚がする。
ずっと|志乃《ルキナ》は|輝《シリル》のことが好きだから、邪魔な自分を攻撃してくるのだと蓮斗は考えていた。けれど、それは間違いだったのだと気がつく。
きっと前世も今も、彼の心の中には|蓮斗《アリステラ》への嫉妬が渦巻いているのだろう。地位も名誉もある美しい公爵子息。王子と仲も良く、周りからちやほやされ、綺麗な衣装を身に纏い、多少の我儘は許される。そんなアリステラのことを、貧乏男爵令嬢に生まれ、周りから馬鹿にされてきたルキナは嫉妬に狂う程に羨ましかったのだろう。
──この争いはどちらかが退場するまで終わらない。
そのことに気がついた蓮斗は、思わず一歩後ろへと後退った。怖いからではない。少しでも距離を取り、冷静に状況を判断するためだ。
(輝、僕に力を頂戴)
ポケットから取り出したボールペンを前へと構える。今から身に降り注ぐであろう危機を思い浮かべると、全身が小刻みに震えてしまいそうになる。
(怖がってなんてやるもんか!)
そんな姿を志乃に見せたくはない。だからこそ、強く指先に力を込めて真っ直ぐに前を見据える。
「ぷっ、そんなボールペン一本でなにができるってんだよ」
馬鹿にしたように男子生徒達が笑い始めた。志乃だけが真顔のまま後ろへと下がる。
そんな男子生徒達の数を把握しながら、蓮斗は人生のバイブルであるマダムトーリーの言葉を思い出していた。
──ムカつく相手がいるときは、羽ペンの先を突き刺す妄想でもして耐えなさい。実際に刺してはだめよ。
ペン一本。されど侮るなかれ。
蓮斗は思いっきり前へと踏み出すと、一番前にいた男の腕にペンの先を突き刺した。微かな痛みに呻く男子生徒の隙間を縫い、小柄な体格を活かして男子生徒たちの合間を潜り抜ける。しかし、目の前に大柄な男子生徒が立ちはだかり、動きが止まる。
──貴方も男子ならば男の弱点はわかっているわね?いざというときには躊躇してはいけませんよ。
蓮斗は
(ごめん!!)
と内心で両手を合わせながら、マダムトーリーの教え通りに、思いっきり男子生徒の股間へと膝をめり込ませた。護身術も活用しつつ、体育倉庫の扉へと辿り着く。
もう少しで辿り着く。そう確信した刹那、視界の隅に志乃がクスリと笑みを浮かべ姿が映る。
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