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悪足掻き⑤
「蓮斗!!!!」
扉が勢い良く開く。恐怖はない。あるのは心の奥底まで届くほどの安堵感だけだ。目の前に現れた輝の胸に、蓮斗は思い切り抱きつく。とにかく早く安心を感じたかった。
全身が鈍く痛む。擦り切れた場所からは血も滲んでいるだろう。それでも、平気だ。輝を信じると選択した、自分の判断を誇れるから。
「輝!!なんで!」
後ろから志乃が声を荒らげる。輝がこの場に来るとは想像もしていなかったのだろう。
着ていたシャツを脱ぎTシャツになった輝が、蓮斗の手に巻かれた縄を解き、肩にシャツを掛けてくれる。それから、守るように肩を抱き寄せてくれた。その状態のまま志乃の方へと振り返る。
「もうすぐ教師が数人来る。重い罰が下るはずだ」
輝の言葉に男子生徒達がどよめき、次から次に逃げ出していく。志乃だけがその場に立ち止まったまま、怒りに身体を震わせていた。
「っ、どうして!なんでいつもそいつばかりが優遇されるんだ!!」
蓮斗のことを睨みつける志乃。その姿はやけに弱々しい。蓮斗は自分を襲わせようとした張本人に、掛けてやる言葉が見つからない。
「やりなおす機会になるはずだった……。今度こそは、僕が主役になるんだって……。幸せになってやるんだって思ったのにっ」
「君は方法を間違えたんだよ」
輝が怒りと静けさを含ませた声で伝える。
取り返しのつかなくなる前に、もっとやれることはあったのではないのか。蓮斗がそう考えてしまうのだから、輝は相当な悲しみを抱えているはずだ。
「方法……?じゃあどうすればよかったんだ!どれだけ登り詰めても満たされないこの心を、どう満たせるというんだい……」
志乃の瞳から涙が流れ出す。
もしも前世の記憶が蘇らなければ、全員が争うことなく普通の学生生活を過ごせたのかもしれない。気弱なまま蓮斗は学生生活を終えて、もしかしたら輝と志乃も友人として進学したかも。
そんなかもしれないを何度も考えてしまう。志乃もわかっているはずだ。自分が前世に雁字搦めにされて、一歩も先へと進めていないことに。
過去は過去だ。そう割り切るには色々なことがあり過ぎた。だから、もう終わりにしないといけない。
シャツを握りしめながら、蓮斗は一歩前に出た。励ましの言葉など掛けるつもりはないし、やったことの責任は取ってもらわなければ気も済まない。それでも、一言一番大切なことを伝えたかった。
「僕は──アリステラ・ローゼンバーグはルキナ・サリバンを許すよ」
「なにを言っているの……」
「僕はもうルキナを恨まない。羨ましいとも思わない。それだけを伝えたいんだ」
「っ、はっ?はは……そんなのズルいよ……だってっ、君がそんな風だからっ、純粋で眩しいくらい輝いているからっ、だからルキナは……私はっ、君が羨ましかったんだ!」
地面が黒く染まっていく。流れ続ける涙を蓮斗はただ見つめていた。
アリステラも、自由で天真爛漫なルキナのことが羨ましかった。どれだけ真似をしてみても、彼女になることはできない。そんな歯痒さをルキナも抱えていたとするのなら、きっとアリステラとルキナは似た者同士だったのだろう。
ドタドタと足音が聞こえてきて前を見る。数人の教師がこちらへと走ってくるのが見えた。泣き崩れる志乃と裸の蓮斗を交互に確認した教師は、輝に蓮斗を寮へと送るように指示する。
「行こうか」
「うん」
頷くと、横向きに抱き上げられて一瞬驚いた。けれど、この状態で歩き回るわけにもいかないため、大人しく連れて行ってもらうことにする。輝の首に腕を回すと、ゆっくりと動き始める。揺れを感じて、蓮斗は胸元に頬を埋めた。
歩いているから揺れているのではない。輝の全身が小刻みに震えていたからだ。
「僕ってそんなに重いわけ」
わざと冗談を口にする。本当はそのせいではないことには気づいてる。けれど、冗談でも言って笑わせてやらなければ、輝が今にも泣きだしてしまう気がした。
「蓮斗は羽のように軽いよ」
「そんなの当たり前でしょ」
心臓の音がやけに大きく耳に届く。一回、二回、と鼓膜を通り抜ける心音を数えながら、蓮斗はゆっくりと目を閉じた。きっと目を開けたときには目的の場所に辿り着いてる。
「蓮斗が無事でよかった」
聞こえてきた声には気づかないふりをし、腕の中で安心感に包まれながら、数分の微睡みを受け入れた。
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