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運命のトップスター
この劇団には『花』『鳥』『風』『月』と呼ばれるトップスターが四人いる。トップスターは全劇団員の憧れの的であり、ファンのお目当ての存在でもある。
花鳥風月の『花』を務めるのは、四十代のベテラン女優だ。彼女は幼い頃からこの劇団に入り、瞬く間にトップスターへと駆け上がった。その澄んだ歌声と美しい容姿で、見る者を舞台の中へと引き込む魅力を持っている。今や舞台だけでなく、ドラマや映画にも出演し人気を博しているようだ。
そして『鳥』を務めるのは、三十代の俳優。彼は恵まれた容姿と、幼い頃から習ったバレエの才能を遺憾なく発揮し、舞台を見に来た観客を魅了している。その活躍の場は舞台を飛び出し、モデルの仕事や、インフルエンサーとして活躍の場を広げている。
しかし、その花鳥風月の『風』と『月』の引退が発表され、ファンの間に動揺が走った。
「一体次の『風』と『月』は誰が就任するんだ?」
「『花』や『鳥』と比べて、あまりにもお粗末な団員だったら嫌だな」
皆が口々に、次は誰が就任すると予想し、テレビでも題材的に取り上げられた。
そんなトップスターが交代するにあたり、お披露目会が開催されることとなった。夏目は鼻息も荒く、胸を躍らせ劇場へと足を運んだのだった。
劇場は新しいトップスターを一目見ようと観客が押しかけて、今か今とその瞬間を待ち侘びている。その異様な雰囲気に呑み込まれそうになった。このチケットを取れたことは本当に幸運だったに違いない。「早くトップスターに会いたい」、会場からひしひしと熱気が伝わってくるようだ。
「この度、トップスター『風』に就任しました本宮宗次郎でございます」
劇団の支配人が一人の青年を紹介すると、客席からは「わー!」と割れんばかりの拍手が巻き起こる。
名前を呼ばれた一人の青年は、堂々とした足取りでステージ中央まで歩き、片膝をつき深々と頭を下げた。漆のように黒い髪が照明に照らされ光を放つ。遠目にもわかる無駄のない鍛えられた体格が眩しい。
「もう一人ご紹介いたします。トップスター『月』に就任いたしました八神大河です」
その青年が舞台中央に歩き出した瞬間、一段と歓声が大きくなる。会場が揺れるのではないかと思うほどの震撼に、汗が流れ落ちるほどの熱気。
「すごい……」
宗次郎の横に並び、同じく片膝をつき深々と礼をする大河に視線だけでなく、心までも一気に奪われてしまう。心と体に脳みそ。魂までもが興奮で震えるのを感じた。
「今後、二人をどうぞよろしくお願いいたします」
立ち上がり真正面を向く二人の顔を見て、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
綺麗とか、美しいとか……そういった言葉はこの二人のためにあるのかもしれない。いつも舞台で見ていたはずなのに、この時改めてそう感じるほどに整った外見をしていた。
二人共、キラキラと光を放つ真っ白なスーツに身を包み、その姿はまるで絵本に登場する王子様のように見える。
確かに花鳥風月の『花』と『鳥』も魅力的だ。しかし、夏目には大スターの二人が霞んで見えた。
生まれながらのスター。そんな才能を感じずにはいられない。それと同時に、自分と同じ生き物ではないと感じていた。
──彼らは神様だ。
「八神大河と本宮宗次郎」
そっと呟く。心の中で何度も何度も繰り返し呟く。
繰り返し呟く度に心が燃えて、体が昂っていく。
あの日、夏目には人生を大きく変えるほどの揺るぎない『推し』がトップスターになった。
近年、この『推し』というものに対する注目度は高く、心理学者が論文を発表するほどだ。推しがいる生活は、推しがいない人の生活に比べ満足度と幸福感が高いらしい。
全くその通りで壁一面に貼られた推したちのポスターに、本棚に綺麗にディスプレイされた雑誌。勿論表紙は推したちだ。そして所狭しと並べられているぬいぐるみとアクリルスタンド。どれをとっても夏目の宝物であり、彼を癒してくれるものなのだ。
室内のインテリアは宗次郎の『風』をイメージした青と、大河の『月』をイメージした黄色で統一されている。
耳をすませば大河と宗次郎の歌声が聞こえてくる。芝居が上手いのは当然だが、この二人は歌も上手いのだ。
優しくて色気のある声の宗次郎に、宗次郎より少しだけ低くて落ち着いた声の大河。目だけでなく、彼らは夏目の耳までも満足させてくれる。二人の声を聴いているだけで、脳みそが蕩けてしまいそうだ。
「癒されるなぁ」
教師から解放されオタクに戻れる瞬間。こうしてようやく自分自身を取り戻すことができる。全身の力が一気に抜けていくのを感じた。
「推しって本当にいいなぁ」
そんな幸せを、夏目は噛み締めた。
また明日も頑張れそうだ。
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