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保健室の王子様

「んッ……ん? ここどこだ?」  寝苦しさに目を覚ます。消毒薬の匂いがするその部屋は、見慣れない場所だったためそっと辺りを見渡した。 「……ここ保健室だ」  それに気付くまでに少しだけ時間がかかった。額にじっとりと汗をかいているし体中が痺れている気がする。ボーッとする頭で記憶を遡っていけば、宗次郎と別れた後の記憶がごっそりと抜け落ちていた。 「あ、起きたか?」 「…………」 「あんた突然ぶっ倒れたみたいだけど大丈夫?」 「あ、あ……あの……」  視線を移した先には宗次郎ではないイケメンがいた。イケメンと言っても宗次郎とはまた違うタイプのイケメンだ。  色素の薄いまるで絹糸のような髪がサラサラと揺れる度に、高価そうなシャンプーの香りが漂う。フランス人形のように整った目鼻立ちは、あまりの美しさに言葉を失ってしまう。蝋のように滑らかな肌に、スラッとした指先。髪と同じように色素の薄い瞳が夏目を見つめていた。 ──や、八神大河だ……。  夏目の心臓が壊れてしまいそうなほどバクバク拍動を打ち始める。心臓がギュッと痛くなり、また呼吸ができなくなる。こんな短時間に何度も心臓と肺を酷使したら、本当に死んでしまうのではないか……と不安になってきてしまった。 「宗次郎があんたを背負ってここまで来たんだけど、あいつ仕事があるからって俺にあんたを押し付けて帰っちまった。保健室の先生もいない、こういう場合どうしたらいいの?」  ぶっきらぼうに話し続ける大河を呆然と眺める。大河は宗次郎と違って他人に愛想を振り巻くようなタイプではないらしい。そもそも教師に向かい「あんた」というくらいなのだから、年上に対する態度もなっていない。それは夏目がよく知っている大河だった。  ファンに媚びることはしないし、気が回らないからファンサービスだって必要最低限。でもそんな武骨な態度は群れを作りたがらない一匹狼みたいでかっこいい。人たらしな宗次郎に不愛想な大河……絶妙にバランスのとれている二人だった。 「なぁ、聞いてんの? あんた一応教師だろう?」 「ひゃッ! ご、ごめんなさい!」  更に近づいてきて顔を覗き込まれたものだから、変な声をあげてしまう。ベッドから勢いよく起き上がった。  大河は美形ということで有名だけれど、それは夏目の想像以上だった。吸い込まれそうなほど綺麗な瞳に長い睫毛。唇はグロスを塗ったかのようにプルプルと輝いている。まだ高校生だというのにあまりにも完成された造形に、思考が停止してしまった。 「なぁってば!」 「は、はい……」 「そんなに体調悪いの? 熱はないみたいだけど」 「…………⁉」  心配そうな顔をした大河が夏目の額にそっと手を当てる。大きくて骨ばった手が冷たくて気持ちいいだなんて実感する余裕などあるはずもなく、慌ててその手を振り払った。 「さ、触らないで!」 (推しが、推しが僕の体に触れた……)  大河が触れた額がジンジンと熱を持っていく。全身に力を入れて蹲った。  次の瞬間、自分を心配してくれた相手になんて無礼な態度を取ってしまったのだろう……と我に返り大河を見上げれば、不愉快そうな顔をした大河と目が合った。謝りたい、そう思うのに唇が小刻みに震えて声が出ない。 (推しが怖い。あんなに会いたかったのに、触れてみたかったのに……。なんで? なんでだよ……)  目頭が熱くなって視界がユラッと滲んだ。涙が溢れ出すのを堪えるために拳を力いっぱい握り締めてみても、堪えきれず頬を涙が伝う。大の大人が、しかも教師がなんて情けないのだろう……頭ではわかっているものの、感情が追い付いてきてくれない。  もしこれがイベントの握手会だったら、きっと笑顔で会うことができただろう。こんな風に出会ってしまったことを悔やんでも悔やみきれるものではなかった。 「いいからさ」 「え?」 「泣くほど具合が悪いなら寝てろよ。保健室の先生が来るまで一緒にいてやるから」  大河の不貞腐れた声が聞こえた後、腕を引かれ強引にベッドに押し倒されてしまう。予想もしていなかったシチュエーションに目を見開けば、丁寧に布団まで掛けてくれた。 「寒くねぇか? 寝ちゃってもいいぞ? ここにいるから」 「…………」 「おやすみ」  大河はベッドの横に置かれた丸椅子へ腰を下ろした。長い足を組み、スマホを眺め始める。  その何気ない仕草さえ絵になった。 (推しが座ってる……同じ部屋にいる……しかも、俺のために残ってくれている……)  夢なら早く覚めてほしい。いや、覚めてほしくない。  嬉しさと恥ずかしさが入り混じり、布団の中で足をばたつかせる。 「……まだ苦しい?」  スマホから顔を上げた大河が静かに尋ねる。 「だ、大丈夫です……」 「全然大丈夫そうには見えねぇけど」 「これは、その……」  あなたが原因です──。とは口が裂けても言えない。  大河は大きく息を吐くと、 「無理すんな」  それだけ言って、また静かに隣へ座り続けてくれた。  その優しさが嬉しくて、夏目は布団の中で誰にも見えないようにギュッと拳を握った。  そのまま謝罪をすることもお礼の言葉を述べることもできないまま、布団を頭から被る。相変わらず心臓はバクバクとうるさいし、胸をギュッと鷲掴みにされたかのように苦しい。  ──怖い、嬉しい、苦しい。  頭がグチャグチャになってしまい、声を押し殺して泣いた。  

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