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推しの孤独

「え? 君たち、いつもこんな夜遅くまで出歩いているんですか?」 「あー、仕事がないときはね」 「じゃあ、さっきまで一緒にいた子たちは友達なの?」 「別に友達じゃないよ。今日たまたま知り合った人たち」 「そ、そうなんですか?」 「そうだよ。あの中から適当に相手を選んで、一晩一緒に過ごそうとは思っていたけど」 「一晩、一緒に……」 「そうだよ。悪いかよ? 邪魔しやがって、いい迷惑だ」  淡々と話す大河の言葉を理解するのに大分時間がかかってしまった。  一晩一緒に、ということは……つまり……。段々と頬に熱が帯びていく。目を見開いて大河の顔を凝視してしまった。相変わらず人形のように整った顔立ちをしている。  まさか、推しのプラベートがこんなにも荒んでいたとは思いもしなかった。宗次郎は女性関係の噂がちょくちょく週刊誌に取り出されていたが、まさか大河までとは……。  その時、夏目の頭にひとつの疑問が浮かんだ。 「あ、あの……。本宮君の周りは女の子でいっぱいだった。でも、八神君の周りは男だらけだったですよね? どうしてですか? 君は一晩過ごす相手を探していたわけじゃないとか?」 「はぁ?」  何でそんなことを聞くんだ? と言わんばかりに大河が不機嫌そうな顔をする。その迫力に圧倒されそうになってしまった。 「俺、ゲイだからさ」 「ゲイ?」 「そう、男が好きなんだよ。だからそういう匂いを感じた野郎どもが集まってきたんじゃん?」 「……そうですか」 「そんなの別にどうでもいいだろう? 事務所や親にチクればいいよ。俺には関係ねえし」  まるで子供みたいに拗ねた顔をしながらその場に蹲る大河。クスンと鼻を鳴らしている。  大河は膝を抱え、その上に顎を乗せた。  舞台の上では、誰よりも堂々として見える。鋭い眼差しを向けるだけで観客を圧倒し、どんなに重い役柄でも最後まで演じ切る。  けれど、今の大河はどう見ても孤独な高校生だった。  ライトに照らされていない大河は、夏目が思っていたよりも小さく見える。 「八神君は……寂しくないの?」 「は?」 「誰かと一晩一緒にいたとしても、朝になったらその人はいなくなってしまうんでしょう? それで本当に寂しくなくなるのかなって……」 「説教すんなよ」 「説教をしたいわけじゃないです」  少し強い声を出され、夏目は肩を揺らした。それでも視線を逸らさず、大河の隣へ少しだけ近づく。 「ただ、なんとなく……八神君が楽しそうに見えなかったから」  大河の瞳が僅かに揺れた。  余計なことを言ってしまったかもしれない。謝ろうと口を開きかけたが、大河は俯いたまま小さく呟いた。 「楽しいわけじゃない」 「え?」 「一人でいるより、マシなだけだ」  消え入りそうな声だった。  夏目の胸が締め付けられる。  大勢の人に囲まれながら、誰よりも孤独だったのかもしれない。  こんなことを知る日がくるなんて思わなかった。推しの全てを知っているような気になっていた自分が、急に恥ずかしくなる。  好きな食べ物も、誕生日も、過去に出演した作品も知っている。それなのに、二人が夜をどう過ごしているのか、どんな思いで誰もいない部屋に帰っているのかは、何一つ知らなかった。  気まずい沈黙が二人の間を流れたから、夏目も何も言い出せずに黙って俯いた。その時「ごめんなさい、お待たせしました」と宗次郎が息を切らせてこちらに向かって走ってきたからホッと胸を撫でおろす。 「お茶で大丈夫ですか?」 「ありがとうございます」  微笑みながら冷たいお茶を手渡してくれた。  目の前にいるのは大好きな推しなのに、今の彼らからは舞台の上にいるときのような華やかさは感じられない。どこか寂しそうな顔をしているように思えた。 「なんで二人は家に帰らないんですか?」  ふと口から零れた言葉に一番驚いたのは夏目自身だった。自分は大河と宗次郎のことをよく知っているが、彼らからしたら大して接点のない教師だ。あまりにも馴れ馴れしい質問を口にしてしまったことを強く後悔した。  再び訪れてしまった沈黙に耐えられず、肩を落としてがっくりと項垂れてしまう。そんな沈黙を破ったのは宗次郎だった。彼は夏目を責めるわけでもなく淡々と話し始める。静かな公園に、穏やかな声が響いて吸い込まれていった。 「僕たちは小さい頃から劇団に所属させられて、家族なんてものを知らずに育ちました。両親と一緒に過ごした思い出なんて、ほとんどないかもしれない」  いつも柔和な笑みを浮かべる宗次郎の顔が、少しだけ悲痛に歪んだ。 「今回の転校もマネージャーが勝手に決めたことです。僕たちは立派なマンションを与えられたけど、帰っても待っていてくれている人なんていないし、温かい食事が用意されているわけじゃない。そんな家に帰りたいなんて思わないでしょう?」 「俺たちはずっと満たされることなんてなくて、いつも虚しさを感じて生きている。だからこうやって夜遊びしてんだよ、わかった?」  大河が立ち上がり「べーッ」と舌を出して見せる。こんな話を聞いてしまった今、それさえも強がりに思えてならなかった。 (知らなかった。推しがこんな思いをしているなんて……)  夏目が知っているモトヤガは、いつも舞台の中心に立ち、スポットライトを浴びてキラキラと輝いていた。誰もが彼らに魅了され、惜しみない声援を送っている。  二人はいつも楽しそうに笑っていて、「あぁ、お芝居が大好きなんだな」というのが伝わってきた。そんな彼らに、夏目はずっと癒され、元気をもらってきたのだ。 「僕は、推しのことを何も知らなかったんだ……」  ギュッと胸が締め付けられる。誰も自分を待ってくれる人のいない部屋に「帰りなさい」なんて言えるはずもない。それにここで彼らと別れたら、また夜の街に消えて行ってしまうだろう。 (僕が推しを幸せにできたらどんなに素敵だろうか)  頭ではそう思うものの、ただの高校教師であり、一ファンである自分に一体何ができるだろうか。きっと何もできないだろう。自分の無力さが悲しくなった。

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