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寂しいから一緒にいて

「先生が、君たちにしてあげられることってないんでしょうか?」 「はぁ?」 「だって僕は大人で、君たちはまだ子供だ。何かしてあげたいって思って何が悪いんでしょうか? 君たちが寂しい思いをしている姿を見るのが辛いです」  夏目の言葉に大河が綺麗な顔を歪める。隣にいる宗次郎も驚いているらしく、切れ長の目を見開いていた。 「僕は君たちを守ってあげたい」 「なんだよ、それ……」  不満そうに唇を尖らす大河に、きちんとした返答ができるはずなどない。「君たちが僕の推しだから放っておけないんです」そう喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。絶対に知られてはいけない秘密をうっかり、しかも本人たちの前で告白してしまうところだった。 「なら、夏目先生。僕たちと一緒にマンションに帰ってもらえますか?」 「え?」 「僕と大河が心配なら一緒に帰りませんか? 幸い、使っていない部屋はありますから」  ずっと黙って夏目と大河のやり取りを見ていた宗次郎が口を開いた。その言葉が信じられなくてポカンと宗次郎を見つめていれば、にっこりと微笑んだ。 「夏目先生、僕たち寂しいから一緒にいてください」 「で、でも……」  そんなことができるはずなどない。もし教師である夏目が、生徒の自宅にプライベートで行っていたことがバレてしまったら……教師を辞めざるを得ないことは当然だが、大河と宗次郎の今後にも関わってきてしまう。「寂しいならマンションに一緒に帰ってあげるよ」なんて軽々しく言えるはずなどない。  推しを助けてあげたいという思いと、社会的な秩序や常識を守らなければならないという葛藤で、夏目の心が大きく揺れた。  頭の中に、最悪の未来が次々に浮かんでくる。  生徒たちの家に夜遅くまで滞在していることが学校に知られたら、校長から事情を聞かれるだろう。  週刊誌にでも撮られれば、「人気俳優と教師の不適切な関係」などという、ありもしない見出しを付けられるかもしれない。  夏目が職を失うだけならまだいい。  大河と宗次郎の活動に傷が付くことだけは、絶対に避けたかった。 「やっぱり駄目です」  夏目は胸の前で両手を握り、どうにか言葉を絞り出した。 「君たちが心配なのは本当です。でも、教師と生徒が学校外で親しくするのは、あまりよくないことだから」 「じゃあ、俺たちを置いて帰るの?」  大河が真っ直ぐに見つめてくる。 「そういうわけじゃ……」 「先生が帰ったら、俺たちもまたさっきの場所に戻るかもしれない」 「八神君!」 「だって、家に帰ってもつまんねぇし」  わざと困らせる言い方をしていることはわかっている。それでも、夏目の決意は簡単に揺らいでしまった。  宗次郎も困ったように笑いながら、静かに言葉を重ねる。 「今夜だけでも構いません。僕たちがきちんと家に帰ったことを、先生の目で確かめてください」 「今夜だけ……?」 「はい。先生は俺たちを家に送るだけです。それなら、パトロールの延長だと言えませんか?」  言えなくはない──。  いや、かなり無理のある理屈だ──。  それなのに、どこかでその言葉に縋りつきたい自分がいた。  推しの住むマンションに行ける。その事実に喜びそうになるオタクの自分を、教師の自分が必死に押さえつける。  ここで頷いてはいけない。  そうわかっているのに、寂しそうに自分を見つめる二人を放っておくこともできなかった。 「本当に……家まで送るだけですからね」  とうとう夏目がそう告げると、大河の表情がぱっと明るくなった。 「あんた、来てくれんの?」 「や、八神君……」 「俺たちの家に一緒に帰ってくれるのかって聞いてんの」 「でも、僕は泊まるなんて言ってませんからね?」 「はいはい。そういうことにしておいてやるよ」 「八神君、ちゃんと話を聞いて!」  一人で暴走する大河を止めようと夏目が必死になるも、その声はどうやら肝心の大河には届いていないようだ。 「それに、八神君じゃなくて、大河と宗次郎って呼び捨てでいいよ。なぁ? 宗次郎」 「はい。是非呼び捨てで呼んでください。そちらの方が親近感も湧きますし……」 「だから、そういうことじゃなくて……」 「名前で呼んでくれないの?」 「呼びません! 教師と生徒は友達ではないんですから」  楽しそうに笑う大河を見て、夏目は早くも自分の選択を後悔し始めていた。  先程まで反抗的な態度をとっていた大河が夏目の顔を覗き込んでくる。その表情は一見不安そうに見えるが期待を含んでいるようにも感じられた。夏目は静かに大河に話しかけた。 「二人だけじゃ寂しいんですか?」 「寂しいしつまんないに決まってんだろう。だから行こう?」 「で、でも、僕は教師だから、君たちを送ったらすぐに帰りますからね!」 「そんなの関係ねぇし、問題もねぇよ」  グイッと大河に腕を引かれ強引にベンチから立ち上がらされてしまう。バランスを崩し倒れそうになった体を抱き留めてくれた。 「行こう、先生」 「ちょ、ちょっと待ってください……!」 「ふふっ。大河が一度言い出したら意見を曲げることなんてありませんよ。大人しく僕たちのマンションに連行されてください」 「そんな……本宮君まで……」  宗次郎がクスクス笑いながら「ご愁傷様」と言わんばかりに夏目の肩を叩く。 (なんなんだ、この子たちは……)  嬉しそうな顔をする二人に、引き摺られるように夏目は歩き出した。

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