12 / 43

【第4話 満たされない想い】帰れない理由

「なんだよ、ここは……ホテルのスウィートルームかよ。スウィートルームなんて泊まったことないけど……」  大河と宗次郎に連れてこられたのはタワーマンションの高層階だった。  エレベーターを降りた先には、ホテルのような静かな廊下が広がっていた。  足音さえ響いてしまいそうな空間を歩きながら、夏目は何度も自分に言い聞かせる。 (二人が部屋に入るのを見届けたら、すぐに帰ろう)  ここまで来たのは、あくまでも生徒を家まで送り届けるためだ。それ以上でもそれ以下でもない。  大河が玄関の扉を開け、中へ入っていく。宗次郎もその後に続き夏目は立ったまま足を止めた。 「それじゃあ、二人とも。ちゃんと帰ったことも確認できたので、これで先生は帰ります」 「は?」  振り返った大河が、信じられないものを見るような顔をした。 「何言ってんの? 入らないの?」 「入りませんよ。僕は君たちを家まで送るだけって言ったでしょう?」 「でも、まだ帰って来ただけじゃん」 「家まで帰れば十分です。もう夜も遅いし、二人とも早く休んでください」  教師らしい口調を意識しながら、夏目は軽く手を払った。 「それでは、おやすみなさい」  背を向けようとした瞬間、ジャケットの裾を掴まれる。 「待ってよ」  大河だった。  先程までは強引に夏目を連れてきたくせに、今は捨てられそうな子どものような目をしている。 「本当に帰るの?」 「本当に……って。最初からそのつもりです」 「あんたが帰ったら、また二人だけになるじゃん」 「二人いるなら、一人ではないでしょう?」 「そういう意味じゃねぇよ」  大河は夏目のジャケットを掴んだまま、俯いてしまった。  その横で、宗次郎も困ったように微笑む。 「少しだけで構いません。お茶を一杯飲んでいきませんか?」 「でも……」 「ここまで来てもらったのに、何のおもてなしもないまま帰すのは申し訳ないですから」 「おもてなしなんて必要ありません」 「なぁ、俺、腹減った」  大河が唐突に言う。 「はい?」 「今日、昼から何も食べてない」 「何も?」 「仕事の合間に食べる時間がなかったから」  それを聞いた瞬間、帰ろうとしていた夏目の足が止まった。 「本宮君も?」 「僕も軽くつまんだ程度です」 「二人とも、こんな時間まで何も食べていないんですか?」 「だから入ってよ。何か食べたらちゃんと寝るから」  大河がもう一度ジャケットを引く。  生徒を家まで送り届けるはずだった──。  それなのに、空腹だと言われれば、教師として放って帰ることもできない。 「……少しだけですよ」 「うん」 「食事をしたら、僕は帰りますから」 「はいはい」  まるで初めからこうなることがわかっていたかのように、大河が嬉しそうに笑う。  その笑顔に押し切られるように、夏目は玄関の中へ足を踏み入れた。

ともだちにシェアしよう!