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【第6話 秘密の同居生活】推しの素顔
夏目は急いで自宅へと向かう。洋服や仕事に使う道具、それに日用品がないと不便で仕方がない。たった一晩だけだったが、必要なものがあれこれと頭の中に浮かんできた。
「これでよし」
スーツケースいっぱいに持ってきた荷物を、とりあえずマンションの広いクローゼットにしまい一息つく。夏目が使わせてもらっている部屋はかなり広く、家具でも置かない限りとても殺風景だ。今は部屋の片隅に畳んだ布団が置いてあるだけ。
「僕の正体が二人にバレたらどうしよう……。なるべく早くオタク部屋に帰りたい」
唯一持ってきたモトヤガのぬいぐるみを抱き抱えて、床にゴロンと横になる。こんな姿を本人たちに見られたらどう思われるだろうか。「キモオタだったのかよ」そう言いながら冷たい視線を向けられることだろう。それだけは避けなければならない。
「ここで我慢していてね」
大切にぬいぐるみをクローゼットにしまい扉を閉める。
なにもこんなぬいぐるみを相手にしなくても、同じ屋根の下に本人たちがいるのだ。そう考えれば馬鹿らしくなってくる。
しかし、『恋愛』と『推し』は違う気がするのだ。うまく言葉にすることはできないけど、昨日大河と宗次郎がワンナイトの相手を探していたと知っても、さほどショックを受けない自分がいた。
推しにセフレや恋人がいるなんて、考えただけで発狂してしまうかもしれない……。そう思っていただけに、意外と冷静に現実を受け入れた自分に、夏目自身がびっくりしてしまったくらいだ。
「『恋愛』と『推し』って違うのかな……。自分はガチ恋勢だと思っていたのに……」
色々考えを巡らせてはみたけど、納得いく答えは見つからなかった。
そのとき、勢いよく扉が開き大河が部屋に入ってくる。あまりにも無遠慮な行動に夏目は言葉を失ってしまった。心臓がバクバクと鳴り響き、息をすることさえ忘れてしまいそうになる。
(ぬいぐるみをしまっておいてよかった……)
ホッと胸を撫でおろした。
「あ、あのね、八神君。人の部屋に入ってくるときはノックをするのが礼儀だと……」
「お腹減った」
「はい?」
「お腹空いたからご飯作ってよ」
夏目の横にしゃがみ込み、顔を覗き込んでくる。そのあまりにも幼い姿を見れば怒る気も失せてしまった。
(やっぱり僕の推しは顔がいい)
悔しいがこのキラキラと輝く造形を前にお説教なんてできそうにない。
「わかりました。カレーでいいですか?」
「うん。俺カレー大好き。でもあまり辛くしないでね」
「はいはい」
「ほら、早く早く」
嬉しそうに笑う大河に腕を引かれ強引に立ち上がらされる。いつも思うが、大河は本当に強引だ。大河より体の小さい夏目は抵抗することさえできない。
「楽しみだなぁ」
ニッコリと微笑む大河に、夏目のやわな心臓が痛いくらいに締め付けられた。
「ごちそうさまでした。超美味かった」
「夏目先生、ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
「いいえ。どういたしまして」
大鍋いっぱいに作ったカレーを、気持ちいいくらいに平らげてくれる。改めて育ち盛りのパワーというものを思い知った瞬間だった。
「食後のデザートとかねぇの? 俺、アイス食いたい」
食べ終わった食器をシンクまできちんと運ぶ宗次郎に比べ、食器などには目もくれずデザートを探し始める大河。二人は同じイケメンなのに、こんなにも性格が違うのか……と見ていて可笑しくなる。
追っかけをしている時には知ることさえできなかった、そんな二人の素顔を見る度に、夏目の心が甘く締め付けられる。推しは自分には手の届かない神様のような存在であり、完璧な人間だと思っていた。
しかし実際の二人は少しだけ違った。
大河はとにかく我儘で甘えん坊。それに頑固だ。
宗次郎は一見しっかりしているように見えて、面倒臭がりな一面もある。例えば、一度ソファーに座ってしまうと、宗次郎はなかなか動こうとしない。
「大河、お茶取って」
テーブルの上に置いてあるペットボトルを指差しながら、当然のように頼む。
「自分で取ればいいじゃん。すぐそこだろう?」
「今日はもう動きたくないんです」
そう言ってクッションを抱き締める宗次郎は、舞台の上で見せる凛々しい姿とは別人だった。
「ほら、早く」
「はいはい」
文句を言いながらも結局は立ち上がり、宗次郎へ飲み物を渡す大河。その様子は長年連れ添った兄弟のようで、息もぴったりだった。
「ありがとう」
「次からは自分で取れよ」
「気が向いたら」
そう言って悪戯っぽく笑う宗次郎に、大河は呆れたように溜息をつく。
そんな二人のやり取りを見ていると、宗次郎は決して何でもできるわけではないのだとわかる。ただ、大河になら甘えてもいいと心から信頼しているのだろう。
そして大河もまた、文句を言いながらも宗次郎のお願いを断ることはない。互いを信頼しているからこそ見せられる、素の姿なのだろう。
自由奔放な大河の世話を宗次郎がしているような印象を受けるが、宗次郎も大河を信用し必要としていることが伝わってくる。お互いがお互いの足りない部分を補い合いながら、支え合って生きているように思えた。
ブホッ。
「は?」
聞き慣れた、しかし不快な音に慌てて顔を上げる。もしかして今のは……。夏目は目を見開いた。
「おい宗次郎、オナラするなよ。めちゃくちゃ臭いだろう」
「ごめん、ごめん。ついうっかり」
顔を顰める大河に、悪びれる様子もなく宗次郎が笑っている。
ある時は、漫画本を数冊抱えた大河がトイレに入っていき、長い間でてこないこともあった。それを見て夏目は唖然としてしまった。
(そうか。推しはオナラもするし、大便もするんだ……)
アイドルはトイレに行かないとか、オナラをしたことがない、なんて聞いたことがある。でも実際はそんなことはないと思い知った。
でもそれは、彼らが自分と同じ人間である証のように思えてならない。大河と宗次郎は神様なんかではなく生理現象もある人間だったのだ。
少しずつ見えてくる推したちの素顔に戸惑いながらも、夏目は親しみを感じはじめていた。
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