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【第7話 危険なキス】推しを支える日々
週の始まりの月曜日。夏目は寝ぼけ眼で起きてきた大河と宗次郎に朝食を食べさせてから、急いでマンションを後にする。
もし教師である夏目が、同じ学校に通う生徒のアパートから出てきた瞬間を誰かに見られてしまったら……考えただけでもゾッとしてきた。推しとしてだけでなく、教師の人生も終わってしまうことだろう。
先日、マンションに住まわせてもらっていることを、モトヤガのマネージャーに連絡したところ、「我儘でご迷惑をおかけすることでしょうが、何卒二人をお願い致します」とお願いされてしまった。勝手に居座ってしまったことを叱られるかもしれないと覚悟していただけに、拍子抜けしてしまう。
それでも驚くほど推しとの生活は穏やかなものだった。一緒に食事をして勉強を教えてあげて……二人共素直でいい子だし、食事を作ってやれば残すことなく「美味しい」と食べてくれる。
つい先程もお弁当を渡せば「え? いいの?」と瞳をキラキラ輝かせていた。
前日の夜、夏目は冷蔵庫を見ながら腕を組んでいた。
「今日は帰りが遅いみたいだから、冷めても美味しいものがいいかな」
マネージャーから送られてきたスケジュールには、朝から夜までびっしりと予定が書きこまれていた。きっと落ち着いて食事を摂る時間さえないのだろう。
卵焼きは少し甘めにして、鳥の照り焼きは一口で食べられる大きさに切る。彩りが寂しくならないようにブロッコリーとミニトマトを添え、栄養のバランスも考えながら丁寧に詰めていく。
「こんなに食べられるかな……」
そう呟きながらも、箸をとめることはできなかった。
舞台の上では誰よりも輝いて見える二人も、家に帰れば食べ盛りの高校生だ。
少しでも力になれたら。
少しでも疲れが取れたら。
そんな思いを込めて最後に蓋を閉じる。
朝、お弁当を手渡した瞬間、大河は目を丸くした。
「え? 本当に俺たちの?」
「もちろん。時間があるときに食べてください」
宗次郎も驚いたように包みを受け取り、ふっと笑って微笑む。
「ありがとうございます。こういうお弁当を持っていくの、久しぶりです」
こんな姿を見てしまうと世話好きの夏目は、もっと世話をしてあげたいと思ってしまうのだ。自分が推しの役に立てている。何よりも、そんな事実が嬉しかった。
「今週も頑張ろう」
夏目は大きく伸びをする。いつも見ている世界が普段と違って見えて、夏目の心は高鳴った。
週が明けた途端、あの穏やかな生活が嘘だったかのように、モトヤガのスケジュールは仕事で埋め尽くされてしまう。マネージャーが気を利かせて二人のスケジュールをメールで送ってくれるのだが、それを見た夏目は驚愕してしまった。
「なんだよ、これ。一体いつ休めるんだ……?」
完全オフの日なんて一日もなく、この先の一カ月は終わっていきそうだ。登校する余裕もなさそうだし、そもそも家に帰ってきて寝る時間はあるのだろうか? そのハード過ぎるスケジュールに「体が壊れてしまうのではないか」と不安になってしまった。
これから東京を拠点に、ある舞台のツアーが始まる。全国を巡るツアーでないとしても、彼等が出演する回数は半端ではない。もうすぐ迎える初日を皮切りに、千秋楽を迎えるのは一カ月以上先だ。
「あ、これ。あの舞台だ……」
今回二人が出演する舞台は、夏目が何度も劇場に足を運んだものだった。大河と宗次郎は主役ではないものの、悪役の魔王という重要な役を担っている。二人は交代でその役を演じているのだ。
舞台の中央で眩しいほどのスポットライトを浴び、どんな役者よりもキラキラと輝くモトヤガを思い出すだけで胸が熱くなって目頭が熱くなってくる。同じ台本で、同じ役を演じているはずなのに、大河と宗次郎が演じると役が少し違って見えるから不思議だ。
大河が演じれば美しい見た目に、冷酷な性格をした氷のような魔王に見える。しかし、宗次郎が演じれば妖艶な雰囲気を纏い、正義を嘲笑う炎の魔王に見えるのだ。
どちらの魔王が好きかと聞かれたら、それはその人の好みで分かれるだろう。夏目だって「こっちの魔王のほうが好きだ」なんて答えることはできないのだから。
『この世界が朽ち果てていくその瞬間、我がこの世の王となる』
大河と宗次郎が叫んだ直後、舞台上のスポットライトが一瞬で消え爆音量の音楽が流れ始める。「一体何が起こるんだ……」と拳を握り締めて固唾を呑む。次に明かりが点いたときには二人は真の姿である魔王に、その姿を変えているのだ。
明かりが一瞬消えている時間での衣装の早変わり。それは見事としか言いようがない。舞台にいる見目麗しい俳優に、心から拍手を送ったのを今でも忘れることはない。決して色褪せることのない映像を思い起こすだけで、夏目の心は震えた。
主人公を演じる役者より、よっぽど輝いて見える。もう何度も見た舞台だった。
スケジュールには『顔合わせ』『本読み』『読み合わせ』『立ち稽古』など、夏目の知らない言葉がぎっしり書き込まれている。
あの素晴らしい舞台を完成させるために、ファンの知らないところで血がにじむような努力をしている……そう思うと心がグッと締め付けられる。
舞台の上にいる大河と宗次郎はいつも眩いくらいに輝いていて、疲れた顔なんて全く見せなかった。それが、俳優としての根性やプライドなのかもしれない。
「僕たちファンのためにありがとう」
夏目は鼻をすすりながらスマホを抱き締めた。
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