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おかえり
「ごめんね、遅くなっちゃいました! わッ!」
扉を開けた瞬間勢いよく何かがぶつかってくる。その衝撃に吹き飛ばされそうになってしまった。必死に踏ん張って耐えながら冷静に状況を分析してみると、何かがぶつかってきたのではなく、どうやら大河が飛びついてきたようだ。高身長で筋肉質な大河が急に抱きついてくれば、華奢な夏目はひとたまりもない。
それでもずっと頑張ってきたことを思えば、邪険にあしらうことなんてできるはずもなくて……ギュッと抱きついてくる大河の体を必死に受け止めた。
「なんで俺が帰ってきたのに、ここにいないんだよ」
「ご、ごめんね。まさかこんなに早く帰ってくるとは思ってなくて……」
「許さない、すげぇ寂しかったんだからな」
「だから、ごめんなさいって……ヒャッ!」
突然首筋に歯をたてられ夏目が悲鳴を上げる。いくら抵抗しても噛むことをやめようとしないあたり、大河はかなりご機嫌斜めのようだ。
「ちょっと、八神君離れてください!」
「絶対嫌だ」
「いいから離れて!」
「絶対に嫌だ!」
「こら、大河。先生が困っているだろう? 離れなよ」
そんな押し問答をしていれば、宗次郎がやってきて仲裁に入ってくれる。大河を窘めながら夏目から大河を引き離してくれた。
「先生、お久しぶりです。長いこと留守にしてすみませんでした」
「あ、いえ……本宮君もお疲れ様でした」
「今回は先生が見に来てくれなかったから、本当に残念でした。次回は必ず見にきてくださいね」
「すみません。次回は必ず行きますから」
自分に向かい頭を下げる夏目に「とんでもない。謝らないでください」と笑う宗次郎。子供のように駄々を捏ねる大河に比べると、ひどく大人びて見えた。
実は今回の公演を見に来てほしいと、宗次郎からチケットを譲ってもらっていたのだ。
しかし、教師と生徒の立場的に……しかも、二人と同居生活をしている夏目が舞台を見にいくことに少なからず抵抗があった。どうしても、この関係を知られてしまったら……という不安を拭い去ることができずに「仕事が忙しいから」と断ったのだった。
「夏目、早く飯にしよう。久しぶりに手作りの料理が食べたい」
「うん。お腹空いてるでしょう? 今作りますから」
「今日は何?」
「唐揚げです。昨日から仕込んであるんだから!」
夏目の言葉に大河が無邪気に笑う。あんなに静かだったマンションが、二人がいるだけでこんなにも賑わいを見せる。それがとても嬉しかった。
打って変わって鼻歌を歌いながらリビングへと向かう大河を追いかけようとした夏目を、「先生、ちょっと待ってください」と今度は宗次郎が引き留めた。なんだ、と振り返れば真っ赤な顔をして俯いている宗次郎がいる。こんな表情をした宗次郎を夏目は見たことがなかったから、驚いてしまった。
「本宮君、どうしたんですか?」
慌てて声をかければ、いつも余裕に満ち溢れている宗次郎が、頬を赤らめながら夏目を見つめている。涼しげな目元が涙でユラユラと揺れているような気がした。
「あの、先生……」
「どうしたの?」
そのただ事ではない雰囲気に思わず息を呑む。
「寂しかったのは大河だけじゃない。僕も、僕だって、先生に会えなくて寂しかったです」
「え……?」
いつもとは違う「先生」という声色に戸惑いを隠しきれない。その声は妙に艶っぽくて欲を含んでいるように感じられる。熱っぽさを含んだ視線に夏目は動くことすらできなかった。
「先生、会いたかった……」
呆然と立ち尽くしていれば突然抱き寄せられる。スンッと鼻を鳴らしながら甘えるように頬ずりをしてくる宗次郎。こんな風に甘えてくることなんてなかったから、戸惑いを隠せない。 背中や腰を這い回る手をどうしたらいいのかわからず、全身に力を込めた。
「突然すみません、こんなことして……。料理手伝いますね」
そう言いながら夏目の体を離し、夏目がギュッと握り締めていたエコバックを持ってくれる。
「行きましょう」
「あ、はい」
いつものように微笑む宗次郎に動揺しているのを気付かれたくなくて、夏目は無理して平然を装う。でも本当は、心臓が痛いくらい高鳴っていたのだった。
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