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大河の過去

「俺の父親は弁護士で、母親は有名なデザイナーなんだ」 「へぇ、そうなんですか? 知らなかった」  突然ぽつりぽつりと話し始めた大河の話に夏目は驚いてしまったが、そっと耳を傾ける。 二、三年大河の推しをしてきたが、家族の話を聞いたのは初めてだった。 「俺の兄貴は出来が良くて、有名な私立中学に進学した。成績も学年トップクラスで生徒会長。部活では部長を務めて何でもできる完璧な男だった」 「それは凄いですね」  大河に兄弟がいるという事実も知らなかったから驚きを隠しきれない。大河のことならなんでも知っているような気になっていたけど、何も知らなかったのだと寂しさも感じた。 「それなのに俺は何をやっても平平凡凡。とても弁護士になんてなれないし、デザイナーとしての才能もない。何をやっても優秀な兄貴といつも比べられてた」  大河が俯けば長い睫毛が影を作る。その寂しげな表情さえも綺麗で……不謹慎だと思いつつも視線を奪われてしまう。 「そんな俺に、母親が今の劇団のオーディションを受けさせたんだ。あんなデカい劇団のオーディションなんか合格するはずなんかないって軽く了承したら、奇跡的に一発で合格しちまった。それから先はとんとん拍子でここまできた」 「凄いじゃないですか? あの劇団に合格できる人なんて、本当に一握りの人間でしょう?」 「確かに凄いかもしれないけど、俺にとったら、不幸の始まりでもあったのかもしれない」 「不幸の、始まり? なんで? 劇団の花鳥風月(トップスター)にまでなれたのに……」 「花鳥風月(トップスター)、か……。だって、あの劇団に合格した瞬間から、俺は母親のお気に入りのアクセサリーになったんだもん」 「アクセサリー?」 「そう」  寂しそうに笑う大河を見ていると心が張り裂けそうになる。全ての才能に恵まれていたように見えていた大河が、こんなことを思って生きていたなんて……それは夏目が全く想像もしていなかったことだった。  「そのオーディションを宗次郎も受けていて俺たちは出会った。でも俺は、アイドルとか俳優なんて全く向いてない。俺は宗次郎みたいに愛想もよくないし、世渡りも下手だ。いつの間にかモトヤガなんて愛称がつけられて、常にセットで行動するようになった。でも宗次郎は優しいから、気の回らない俺をいつもフォローしてくれるんだ。だから今までやってこれたんだよ。本当に凄いのは宗次郎かもしれない」 「そっか……」  なんて答えたらいいのかわからなくて思わず俯く。自分は大河より十歳も年上なんだから、もっと気の利いた言葉が思い浮かべばいいのに……そんな自分が歯痒くて仕方がない。 「俺はクールビューティーなんて形容詞をつけられて、知らないうちに周囲の大人たちが作りあげた八神大河っていう俳優を演じることを求められた。本来の自分ならこんな発言をするだろうな、って場面でも、八神大河ならどう答えるんだろう……っていちいち考えなくちゃならない。そうやって八神大河を演じていることも楽しかったけど、時々凄く空しくなった」  ゆっくりと言葉を紡ぐ大河があまりにも寂しそうな顔をするから、体の向きを変えて真正面から抱き締めてやる。  あんなに素晴らしい大舞台に立ち大役を演じる大河だけれど、まだ十六歳の子供なのだと、改めて感じた。それと同時に守ってやりたいとも思ってしまう。

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