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先生をかけた勝負
「急に驚かせてしまってすみません。でも、僕も先生を誰かに譲る気はないし、大河もきっと同じ思いでいると思います。だから……」
「……だから?」
「これから数カ月後に未発表の新しい舞台が始まります。うちの劇団の有名な脚本家が書いた名作なんです。その主役候補に、僕と大河の名前が上がっています。だから先生……」
真剣な顔をした宗次郎に真正面から見つめられる。ギュッと掴まれた両腕が痛い。思わず視線を逸らしたい衝動を必死に堪えた。
「僕か大河、主役に抜擢されたほうと付き合ってください」
「主役に抜擢されたほうと付き合う……?」
「はい。絶対に付き合わなければいけない、というわけではありません。付き合うことを検討してほしいんです。逆に言えば、選ばれなかったほうが先生から身を引く……ということです。この前、大河と話し合ってそう決めました」
「そ、そんなこと、勝手に決めないでください!」
「すみません、先生。こうでもしなければ、僕たちは先生を諦めることができません。かと言って、大河と殴り合いの喧嘩をすることなんてできるはずがない。だから、許してください」
「宗次郎君……」
「それとも、先生は僕か大河、どちらかを選べますか? 本来なら、それが一番いいと僕は思います」
その言葉に夏目は目を見開く。自分が大河か宗次郎のどちらかを選ぶ……そんなことができるはずがない。だいたい、自分がどちらを好きだなんて夏目は考えたことがなかった。彼らは夏目の『推し』であり、恋愛対象として見たことなどない。
『推し』と『恋』は違う……二人と出会ってから、夏目はそれを感じていた。
「やっぱり選べないですよね。ならば、主役の座を射止めた方が先生へアプローチする権利を得て、射止められなかった方が先生から身を引く……これでいいですか?」
「…………」
納得などできるはずはなかったが、それ以上に苦痛に顔を歪める宗次郎を見ているのが辛かった。
──どうしてこんなことになってしまったんだろう……。
段々目頭が熱くなってしまう。そっと鼻をすすりあげてから黙って頷いた。
「先生を困らせてしまいごめんなさい。でも僕たちは真剣なんです」
宗次郎が困惑する夏目を抱き寄せ、優しく背中を擦ってくれた。大きくて優しい手に少しずつ緊張の糸が解けていくのを感じる。
「僕頑張りますから、応援してください」
「……はい……」
「先生、大好きです」
耳元で宗次郎の優しい声が聞こえたあと、頬に温かな唇が触れて、離れていった。
あの後、普段通りに接してくれた宗次郎と本棚の整理を終えた夏目。その後雑誌の取材があるからと、迎えに来たマネージャーの車に乗り出掛けて行った。
「行ってきます」
そう寂しそうに笑う宗次郎を見送った夏目は、大きな溜息をつく。
「なんでこんなことに……」
自分に告白をしてきたのは若くて容姿端麗な、将来有望のトップスターたち。逆に夏目と言えば、何から何まで平凡な冴えない高校教師。今まで生きて、モテ期などというものとは無縁の生活を送ってきた。
「どうして僕なんだろう」
ネットニュースを少し見るだけで、モトヤガの記事は嫌というほど目に付く。こんな人気者の周りには、きっと可愛らしいタレントが大勢いることだろう。もし同性がいいのだとしても、相手には困らないはずだ。
それなのに、なぜ彼らは自分を選んだのか……考えれば考えるほど意味がわからなくなってしまう。
「こんなアラサーのおじさんの、どこがいいんだよ?」
もしかしたらからかわれているのかもしれない……そう考えもしたけど、大河や宗次郎が自分に向ける視線に嘘偽りなんてない気がした。でも相手は俳優だ。お芝居なんて簡単なことなのかもしれない。
「あー! わかんねぇ!」
夏目は大きく息を吐きながら、真っ赤に染まった空を眺める。放課後のチャイムが下校時間を知らせていた。
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