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ずっと前から好きだった
「ただいま」
靴を脱ぎながら呟く。疲れた体は鉛のように重く、溜息しか出てこない。いくら考えないようにしても、夏目の脳は答えを導き出したいらしく色々思考を巡らせてしまう。
今だって、一体どんな顔をして大河に会えばいいのかもわからない。このまま逃げ出してしまいたいとさえ思ってしまった。
大河と宗次郎から逃げ出して、また何もなかった平凡な生活に戻りたい。推しを追いかける幸せな時間を取り戻したい。この世界は夏目には眩し過ぎた。
「おかえり、夏目」
「あ、八神君……」
疲れた様子の夏目を見て心配してくれたのだろうか。「大丈夫か?」と駆け寄ってきてくれる。その気遣いは嬉しいけれど、君が大丈夫ではない原因なんだよ……と手放しで喜ぶことはできなかった。
「夏目、こっちにこいよ」
「ありがとう。でも、ご飯作らなきゃ」
「そんなの後でいいよ。俺も大事な話があるし」
「……はい、わかりました」
本当は大事な話なんてしたくはないけれど、夏目は促されるようにソファーに腰を下ろした。照明がいつもより暗いせいだろうか? 夜景が際立って見える。でも悔しいけれど、そんな夜景より大河の方が綺麗だった。
「新しい芝居の話、宗次郎から聞いた?」
「…………」
「その様子じゃ聞いたみたいだな?」
なんて答えたらいいのかもわからず、夏目はコクンと頷く。それを見た大河が大きく息を吐いた。
「なら話は早いな。夏目、俺と宗次郎はずっと前から夏目のことが好きだった」
「え? ずっと前から?」
「そう、ずっと前から」
そんなはずはない。夏目はもう何年も前から二人の存在を知っていた。勿論舞台は数えきれないほど見に行ったし、ファンミーティングといったイベントにも参加した。
だけどその時二人と特別な接点があったわけではなかったし、むしろ男のファンがいたら気持ちが悪いと思われるのではないか……と、目立たないよう気を付けていたのだ。
ずっと遠くから大河と宗次郎を見守ってきた。ただ、それだけだった。
「俺たちのファンはほとんどが女の子だから、男がいれば凄く目立つ」
「そんな……。僕、できるだけ目立たないようにしてたのに……」
「あははは! あれで? 超目立ってたよ?」
大河がケラケラと声を出して笑うものだから、顔から火が出そうになってしまった。
「夏目はいつも黙って俺たちを見ていてくれた。キラキラと宝石みたいに瞳を輝かせながら、ぬいぐるみを大事そうに抱えて。はじめのうちは『また来ているな』くらいにしか思わなかったけど、しばらくしたら無意識に夏目のことを探すようになってた。会いに来てくれたときは凄く嬉しかったし、来てくれなかったときは寂しかった……」
「八神君……」
「誰よりも熱い視線を送ってくれる夏目に、気付いた時には俺も宗次郎も夢中になってたんだ。夏目に喜んでもらいたくていい芝居がしたいって欲が出てきたし、少しずつ俳優っていう仕事も楽しく思えるようになってきた」
まるで過去の出来事を懐かしむかのように目を細める大河。彼の思い出の中に、確かに自分がいることを感じることができた。
(気付かれていたんだ、僕が二人のファンだっていうことを……)
上手に隠せていたと思っていただけに、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。穴があったら入ってしまいたかった。
「今の俺があるのも、夏目のおかげだ。ありがとう」
「そんなことはないです! 八神君が頑張ってきたからでしょう?」
「ふふっ。本当に夏目はお人好しだなぁ。そんなんだから俺や宗次郎に簡単にキスされちゃうんだぜ? 隙だらけで見ていて危なっかしいし、何にでも一生懸命で……俺たちのことばっかり心配してくれてて……」
顔を上げた大河の目に大粒の涙が浮かんでいる。その涙さえ綺麗で吸い込まれそうになった。
「まぁ、夏目だから、俺も宗次郎も好きになったんだ。夏目、来て?」
「待って、何するんですか?」
「いいから、来て? お願い……」
ギュッと抱き締められたあと静かにソファーへと押し倒された。視界がグルッと回転して天井が目の前に広がる。突然の出来事に抵抗することさえできなかった。気が付いた時には大河が夏目に覆いかぶさっている。身動きさえできずに、ただ怯えた瞳で大河を見つめた。
「なぁ夏目。俺頑張って主役を勝ち取るから、俺を選んでよ?」
抱き締める腕に段々力がこもっていき痛いくらいだ。触れ合う胸からお互いのドキドキという速い鼓動が伝わってくる。大河の荒い呼吸が耳元で響き、全身が熱くなった。
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