37 / 43

俺だけのものに

「俺、劇団に入ってから初めて本気で芝居に取り組もうって思えたんだ。だって宗次郎に負けたくない。夏目を誰にも渡したくない。だから夏目、俺を応援して? 宗次郎じゃなくて、俺だけを応援してて? なぁ夏目……」 「大河……」 「そう、俺は大河だよ。名前で呼んでもらえて嬉しい」  まるで大きな子供だ。こんなにも真っ直ぐに自分にぶつかってくる大河が、はじめのうちは怖かった。でも今は可愛らしいとさえ感じる。自分の前だけで見せる素顔が愛おしい。  その思いは、少しずつ『推し』というカテゴリーから姿を変えているように思う。憧れや羨望ではなく、もっと強くて切ない感情。どんなに自分を否定して正論を導き出そうとしても、日に日に強くなる想いは決して消えることなんてない。 「わかった。僕は大河を応援します」 「本当に? 宗次郎よりも?」 「それはどうかな? 本宮君にだって頑張ってもらいたいと思うから……」 「なんだよ、それ……」  一瞬不貞腐れた顔をしたと思った瞬間、大河の目つきが変わる。夏目が「あ、ヤバイかも……」そう思った時にはもう遅かった。可愛かった大河が獣の姿に変わっていくのを目の前にして、思わず夏目は身構えた。 (あぁ、僕の推しも男だったんだ)  そう頭の片隅で思っているうちに、額や頬、唇に首筋にキスの雨が降ってくる。強引に唇を奪われ、息もできないくらいに苦しい。慣れていないことがわかるぎこちないキス。それにも関わらず夏目の体はどんどん熱を帯びていった。 「やぁッ、駄目だって、大河……」  腕を突っ張り弱々しく反抗するが、一向にやめる気配なんてない。押し当てられた唇の隙間から、無遠慮に大河の舌が侵入してきて夏目の口内を犯していく。あまりの執拗さに、頭の中がボーッとしてきて少しずつ快感を拾い始めてしまった。 「ねぇ夏目、俺は役者なんだ。夏目はどんな男に抱かれたい? どんなシチュエーションがいい? 夏目が望むように抱いてあげる」 「大河……」 「だから、夏目を独り占めさせて? 俺だけのものになって?」 「僕は、僕は……」 「何でも言って? 夏目が望む存在になるから。我儘な王子様に強引に抱かれたい? それとも優しくて頼りがいのある年上の男がいい? 夏目のいいように……その人物になりきるから……」  泣きそうな顔で夏目を見つめる大河を見ていると胸が痛くなる。  ──大河はきっと気付いている。僕は大河のことを役者としては好きだけど、彼に恋をしているわけではない。大河は『推し』であり『恋愛対象』ではないということを……。  今にも溢れ出しそうな涙を指先で拭ってやる。大河の涙はとても温かい。夏目の心が張り裂けそうに痛んだ。 「大河、僕は……」 「なに? 夏目」 「僕はね……」  大河に抱かれたい。シュークリームじゃなくて、本当は梅干しが好きな大河に抱かれたい……。あまりにも小さな声で囁いたその声は、大河に届いたのだろうか。  

ともだちにシェアしよう!