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おいで、宗次郎
「僕の両親は大手企業に勤めています。幼い頃から二人の僕に対する態度は厳格で、我儘を言うことも甘えることも許されなかった。でも、逆に自分の気持ちを押し殺して、いつもいい子にしていれば両親から褒められたし認められた。だから僕は、我儘を言うことも我慢して、いつも大人の顔色を窺って生きてきたんです……」
「そんな……」
「でも中学生になったとき、ついに我慢の限界が来た。両親に黙って劇団のオーディションを受けて、合格した途端僕は家を飛び出した。あの家は息が詰まって仕方がなかったから……」
当時のことを思い出しているのだろう。宗次郎が寂しそうに顔を歪めた。
「僕は本当の僕になりたくて俳優になったのに、今もファンが理想としている本宮宗次郎を演じ続けている。それが悔しくて仕方がない。有名になればみんなが僕を認めてくれるはずだ……そう思っていたのに、理想と現実は全然違った」
ポタッと夏目の頬に温かい雫が落ちる。ハッと顔を上げれば涙を流す宗次郎がいた。恥ずかしげもなく涙を流すその姿に、心が張り裂けそうになった。
いつも大人のような立ち振る舞いをしていた宗次郎が、こんなにも辛い思いをしていたことに、どうして今まで気づいてあげることができなかったのだろう。こんなにも近くにいたのに……ファンとして、大人として、教師として……夏目は自分の不甲斐なさに泣けてきた。
「僕はどこにいても、誰と居ても、本当の自分にはなれないんです」
子供のように肩を揺らしながら泣く宗次郎の頭を、宥めるように撫でてやる。胸が痛くて仕方がないのに、誰も知らない宗次郎の姿をとても愛おしく感じてしまう。「ごめんね、こんな時なのに」、夏目は心の中でそっと謝罪をした。
「僕だって大河みたいに夏目が好きだって、夏目が欲しいって駄々を捏ねてみたい。だってこんなにも夏目が好きなんだから……」
「宗次郎……僕、僕……」
「ようやく名前で呼んでくれた」
目の前の宗次郎が目に涙をたくさん浮かべながら微笑む。
「ねぇ、夏目は大河とキスしたでしょう? 僕とはしてないのに……」
「え?」
「夏目にキスしたいのをずっと我慢していたから、嫉妬しちゃうな」
「んッ、んん……ふぁ……ッ」
宗次郎から笑顔が消えた瞬間、強引に唇を奪われた。あの優しい宗次郎からは想像もできないくらい激しい口付けに、頭の中が真っ白になる。
「夏目、口を開いて?」
「…………」
「口、開いて?」
まるで言い聞かされるかのように見つめられる。その瞳はとても綺麗で吸い込まれてしまいそうだ。視線を逸らしたいのに、まるで魔法にかかってしまったかのように体を動かすことができない。宗次郎に身も心も浸食されていく感覚に襲われた。
(駄目だ、捕まっちゃった……)
恐る恐る言われたとおりに口を開けば、「いい子だね」と満足そうに微笑んだ宗次郎に再び唇を奪われてしまう。唇の隙間から侵入してした熱い舌が、無遠慮に口内を這い回った。
「あ、あぁ……んん……ッ」
舌を絡み取られ上顎を擦られて……息が苦しくて必死に宗次郎にしがみつく。ようやく解放された唇で、大きく酸素を吸って乱れた呼吸を整えた。
(なんで高校生なのに、こんなにキスが上手いんだよ……)
肩で呼吸をしながら宗次郎を見上げれば、不安なのだろうか。悲しそうに眉を寄せている。
その姿は、まるで甘えたいくせに人間に近付くことができず、茂みの中で息を潜めている野良猫のように見えた。本当は構ってほしいのに、とても臆病だし意地っ張り。でもそれさえも愛おしい……。
「おいで、宗次郎」
「……はい」
そっと体を抱き寄せれば恐る恐る夏目に体を預けてくる。筋肉質な宗次郎はとても重たいけど、夏目の胸に顔を埋める姿は子供みたいで可愛らしい。ギュッと抱き締めてやった。
「僕の前では無理しなくていいんですよ。こうやって甘えたっていいし、泣いてもいい。素の宗次郎でいてください」
「本当ですか?」
「はい。僕が全部受け止めますから」
「夏目、ありがとうございます」
宗次郎がスッと瞳を閉じたから夏目もそれに倣う。チュッと柔らかく唇と唇が重なりあい、甘く吸われる。先程とは違い触れるだけの優しいキス……。体が少しずつ熱を帯びて、血液が沸騰していった。
「キス、気持ちいい……」
「うん、僕も気持ちいい。夏目、大好きです」
目元を赤く染めながら一生懸命に想いを伝えてくれる宗次郎が愛おしくて、夏目の心が甘く震え出した。心臓がどんどん高鳴っていって心が掻き乱されていく。でも、なんでだろう……とても幸せだ。
素直に「あぁ、僕は宗次郎が好きだ」と思えてしまうことに、夏目は強い戸惑いを感じた。
でも、宗次郎とのキスは蕩けてしまいそうなくらい気持ちがいい。拒絶なんてできるはずがない。
「宗次郎、もっとキスして?」
「え? いいんですか?」
「うん。だって僕、宗次郎ともっとキスがしたい……」
「可愛いなぁ。いいですよ、もっとしましょうね」
大河に惹かれながらも、宗次郎のキスに骨抜きにされてしまう自分が情けない。
「好きですよ、夏目」
耳元で宗次郎の低い声が聞こえてくる。「僕も好き」と答えられないまま、待ち望んだ甘くて優しいキスを頬張った。
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