42 / 43
どちらが主役?
あれから月日は流れ、暑い夏がやってきた。もうすぐ夏休みになるからか、生徒が浮き足だっているように感じる。蝉の大群が一斉に鳴き始め、夏の訪れを感じさせた。
大河と宗次郎は最近になり、また登校する日にちが減ってしまった。それは新しく始まる舞台の稽古が始まったからかもしれない。夏目には舞台のことはよくわからないけど、二人から感じるピリついた空気に何も聞けないでいた。
『新しい舞台で主役を射止めることができなかったほうが、先生から身を引く』
宗次郎の言葉を思い出す度に頬が熱くなるのを感じる。自分の為に大河と宗次郎は一生懸命頑張ってくれているのかもしれない……そう思えば「最近忙しそうだね?」なんて簡単に聞けるはずなどなかった。
今二人は一体何をしているのだろうか? いつ結果がわかるのだろうか? わからないだけに不安が募る。胸が苦しくてシャツの胸元をギュッと鷲掴みにした。
それは夕立がきそうな午後だった。さっきまであんなに晴れていた空が真っ黒な雲に覆われて、遠くからはゴロゴロという雷鳴が聞こえてくる。
「今日は早く帰ろう」
慌てて帰り支度を始めた夏目のスマホがメールの着信を知らせた。「なんだ?」とメールを確認すれば大河からだった。
『今すぐここに来てくれないかな? 宗次郎もいる』
短い文章と共に、地図が貼り付けてある。
「あ、この劇場知ってる」
そこは街の片隅にある比較的小規模な劇場だった。観劇が好きな映画館のオーナーが作った劇場だと聞いたことがある。しかし、そこはまだデビューしたての若手俳優が通るとされている登竜門。ここから大河と宗次郎も大舞台へと飛び立っていったのだ。
「でもなんでだろう?」
大河の考えていることがわからず首を傾げる。空を見上げれば今にも泣きだしそうな空模様。雨が降ってくる前にたどり着きたい……そう思った夏目は、慌ててリュックを背負い職員室を飛び出した。
「あった。ここだ」
電車を何度か乗り継いで辿り着いた劇場はもうだいぶ古くて、老朽化が進んでいた。大分前に長い劇場の歴史に幕を下ろしたと噂では聞いている。
「懐かしい……」
夏目はポツリと呟く。昔はよくここに足を運んだものだった。今この劇場を訪れる人はいないのだろう。劇場内は怖いくらい静まり返っている。
ガチャリと重たい扉を押し開ければ、ギシギシッという無機質な音と共に扉が開いた。その瞬間眩しいライトが差し込み、思わず目を細める。しばらく使われていなかった劇場は少しだけ黴臭くて……でもそれさえも懐かしく感じる。ゆっくりと歩を進めて舞台へと近づいた。
「あぁこの席だ……」
目を閉じればまるで昨日のことのように思い起こされる。ここで初めて大河と宗次郎を見たのだ。その当時まだ二人は中学生だったにも関わらず、どんな俳優よりも芝居が上手だった。よく通る声にクルクルと変わる表情。羽が生えているのだろうか? というほど体は軽やかに動き、何よりもその整った風貌に視線だけでなく心までも奪われていった。
あの日から、大河と宗次郎は夏目の推しになったのだ。
「夏目」
舞台上の方からよく響く声が聞こえてきたから、弾かれるように顔を上げる。
「大河、宗次郎」
「夏目、来てくれてありがとう」
そう微笑む大河と宗次郎は、やっぱりキラキラと輝いている。それは初めて二人を見たあの日から全く変わっていない。いつも夏目の心を熱く震わせるのだ。
「今日、新しい舞台の主役が発表されました」
「え?」
「新しい舞台の主役が発表されたんです」
「…………」
宗次郎の言葉に、夏目は思わず言葉を失ってしまう。一体なんと言葉を返したらいいのだろうか……必死に色々考えてみるのだけど、気の利いた言葉が見つかるはずもなく夏目は唇を噛み締めて俯いた。
自分はどちらが主役になってほしいと思っているのだろうか? ずっと自分に問いかけてきた疑問。どちらかを選ばなくてはならない……そう思っているのに、いつしか夏目は大河と宗次郎の両方に惹かれはじめていることに気付く。
それはどんどん強いものになっていき、言い訳なんてできないくらいになっていた。小学生でもあるまいし「二人共好き」だなんて、いい年をしたおじさんが恥ずかしい……そう頭ではわかっているのに、心が言うことを聞いてくれないのだ。
ともだちにシェアしよう!

