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推しが彼氏に

 二人の元から去ることは心を引き裂かれるくらい辛いことだけれど……夢のような時間を過ごせたことに感謝しよう。夏目はそう自分に言い聞かせて涙を拭った。「今までありがとう」そう言おうと顔を上げた瞬間、大河と宗次郎が笑う。その笑顔は夏目が大好きな二人の笑顔だった。 「いいですよ、無理して選ばなくても」 「え?」  宗次郎の言葉に目を見開く。 「僕たち、もう一度話し合ったんです。これからどうしていこうか、って。でも僕も大河も夏目を手放すことなんてできるはずがない。それで夏目を失うくらいなら、三人でずっと一緒にいませんか?」 「……三人、で……」 「そう、三人で。俺は宗次郎と夏目を共有するなんてまっぴらごめんだけど、夏目が思い詰めて俺たちの前からいなくなっちまうくらいなら、このままでいい。ううん、このままがいい」 「あのさ、大河。僕だって夏目を君と共有するのなんて嫌だよ。でもこれが一番円満な解決方法なんだから仕方がないだろう? 我儘を言って夏目を困らせたら承知しないよ」 「わかってるって。いちいち説教すんなよな?」 「大河……宗次郎……」  まるで大きな子供二人が言い争っているかのような光景に胸が熱くなる。でも、本当にこれでいいのだろうか……そう躊躇ってしまう自分もいた。でも夏目だって、大河と宗次郎のどちらかを選ぶことなんてできるはずがない。 「でも常識的に考えて三人で付き合うなんておかしいです。そんなこと、僕にはできない。二人だって僕が馬鹿が付くほど真面目なことを知っているでしょう?」 「ふふっ。知ってますよ。夏目は絶対そう言うと思ってました。でもね、そんな常識は僕たちが変えてみせます。そんな常識が馬鹿らしくなるくらい幸せにしてあげるから」  宗次郎が目を細める。その笑顔は嘘偽りのないものだっだけれど、夏目の不安が消えることはない。 「本当に、二人はそれでいいんですか?」 「いいって言ってんじゃん。夏目は黙って俺たちに愛されていればいいんだよ!」  大河は恥ずかしいのだろうか。不貞腐れたようにそっぽを向いてしまう。  大河と宗次郎の言葉に全身から力が抜けていく。ようやく止まった涙がまたポロポロと溢れ出した。熱い涙は頬を伝い、ポタッと劇場の古びた絨毯の上に落ちて……音もなく消えていく。  心から溢れ出す思いを、もうしまっておくことなどできるはずがない。この風船のように膨れ上がった感情は、いつの間にか『推し』から『愛』へとその姿を変えていた。 「僕は……僕は大河と宗次郎が好きです」 「……夏目が好きなのは、俳優の大河と宗次郎ですか?」  宗次郎が一瞬表情を曇らせる。もう大河と宗次郎の悲しむ顔なんて見たくない。夏目は大きく息を吸って二人を見上げる。 「違う。シュークリームじゃなくて梅干しが好きな大河が好き。それに、本当は甘えん坊でヤキモチ妬きのくせに無理して強がってる宗次郎も好き」  夏目の目からポロポロと涙が溢れた。拭っても拭っても涙は止まらず頬を流れ落ちる。そんな夏目を見た大河と宗次郎がフワッと笑った。 「おいで、夏目」  舞台の上で両手を広げる大河と宗次郎に無我夢中で駆け寄って飛びついた。二人の逞しい腕にギュッと抱き締められてしまえば一瞬で息ができなくなる。苦しくて、でも幸せで……涙が次から次へと溢れ出した。 「俺たち、夏目に告白するなら、絶対にここにしようって決めてたんだ」 「どうしてですか?」 「だって、俺たちが初めて出会った場所だから」  優しく大河と唇が重なれば、夏目の涙が口内に流れ込んできて塩辛い。そんな涙さえもコクンと飲み込んだ。 「これからは、客席からじゃなくて舞台の上から僕たちを見ていてください。同じ目線でいてほしいから」 「はい……」  今度は宗次郎が優しいキスをくれる。 「大河……宗次郎……」  必死に二人にしがみついて「もっと」と自分からもキスをねだる。そんな夏目を愛おしそうな表情で見つめたあと、大河と宗次郎が優しいキスをくれた。 「これから僕と大河は夏目の推しじゃなくなるけど、変わらず愛してくださいね?」 「え? 推しじゃなくなる?」  宗次郎の言葉の意味がわからず首を傾げる。そんな夏目を見た大河がクスクスと笑った。 「ふふっ、そう。今日から俺と宗次郎は夏目の推しじゃなくて、彼氏だからさ」 「かれ、し……」 「そう、彼氏!」  ニッコリと微笑む大河と宗次郎から思わず体を離す。  ──推しが彼氏に……推しが彼氏に……! しかも二人同時に⁉  一瞬で血圧が上がり倒れそうになってしまう。まさかこんな日が来るなんて想像もしていなかったのだから。  この舞台の上で大きな歓声を浴びていた推し。今ではこことは比べ物にならないほど大きな劇場でキラキラと輝き続けている。そんな大スターたちが自分の彼氏になるなんて……。こっそり頬をギュッと摘まんでみたら体が跳ね上がるくらい痛い。 (これは夢じゃないんだ。僕は推しと、しかも二人と、恋人同士になれたんだ……)  いつの間にか『推し』という存在が『愛』に姿を変えていた。はじめはそれにひどく戸惑ったけど、目の前で微笑む大河と宗次郎を見れば心が幸せで満たされていった。 「ヤバイ、このまま死んじゃいそうだ……」  張り裂けそうな鼓動が痛くて、夏目はポツリと呟いた。

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