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格好いいのはどっち?

 舞台の千秋楽を終えたその日の夜。  ようやく三人の予定が重なり、久しぶりに自宅でゆっくり夕食を囲むことができた。夏目が作った生姜焼きに味噌汁、炊きたての白米という何気ない献立だったが、連日の稽古や本番を終えた大河と宗次郎にとっては、それだけで十分なご馳走だった。 「やっぱり夏目のご飯が一番だなぁ」  大河は幸せそうに頬を緩めながら茶碗を空にする。 「一週間ずっと弁当だったから、味噌汁だけで泣きそう」 「大袈裟だなぁ」  夏目が笑うと、宗次郎も静かに頷いた。 「でも本当です。舞台期間中は外食ばかりでしたから。こうして三人で食卓を囲めるだけで落ち着きます」 「二人とも忙しかったですもんね。本当にお疲れさま」  その一言だけで、二人の表情が柔らかくなる。  夏目に「お疲れさま」と言ってもらえることが、どんな賞賛より嬉しい。それは二人だけの秘密だった。  食後、夏目が淹れたコーヒーを片手に三人でソファーへ移動すると、ちょうど芸能ニュースが始まった。 『本日千秋楽を迎えた話題作──』  テレビには見慣れた劇場が映り、続いてスポットライトを浴びる大河と宗次郎の姿が大きく映し出される。 「わぁ……」  夏目は思わず声を漏らす。  今回は舞台を見に行くことを控えた夏目にとって、その姿は圧巻だった。  画面越しでも伝わる圧倒的な存在感。  大河は堂々とした立ち姿だけで舞台全体を支配し、宗次郎は繊細な表情一つで観客の心を揺さぶっていた。 「やっぱり二人とも格好いいなぁ……」  心の底から漏れた呟きだった。  すると──。 「夏目」 「夏目」  二人がぴたりと同時に名前を呼ぶ。 「ん?」 「今回はどっち?」 「……え?」 「俺と宗次郎」 「ダブル主演でしたが、どっちが格好よかったですか?」  夏目の笑顔が一瞬で固まる。 「またその質問?」 「また」  大河は悪戯っぽく笑う。 「今日は絶対に逃がさない!」 「夏目、本音を聞かせてください!」  宗次郎まで穏やかな笑顔で逃げ道を塞いでくる。 「二人とも格好よかったですよ」 「その答えは禁止!」  大河が即答した。 「じゃあ甲乙つけ難い」 「それも禁止です」 「どうして!?」  夏目は思わず立ち上がった。 「そんなの選べるわけないでしょう⁉」 「選べる」 「夏目なら選べます」 「選べないってば!」  二人は互いに顔を見合わせる。 「じゃあ証拠を出そう」  大河がリモコンを操作し、公演映像を再生する。 「ほら、この殺陣」  画面の中で大河は一対十の立ち回りを披露していた。  剣を振るうたび衣装が翻り、最後に敵を倒した瞬間、劇場中から割れんばかりの拍手が響く。 「ここ!」  大河が画面を止める。 「夏目、このとき口開いてた」 「え?」 「ずっと俺のことを目で追ってた」 「そ、それは……」 「つまり格好よかったってことだろ?」  夏目は言葉に詰まる。  確かに見惚れていた。でも……。 「夏目」  今度は宗次郎が別の映像を再生した。  ラストシーン。静寂の中、一人で語る独白。その切ない笑顔を見た瞬間、夏目は胸が締め付けられた。 「夏目、このあと泣いてましたよね?」 「……泣きました」 「ありがとうございます」 「いや、ありがとうじゃなくて……」 「それつまり、感動したということです」 「そうだけど……」 「つまり僕です」 「ちょっと待てよ!」  大河が立ち上がる。 「泣かせたら勝ちなのか?」 「だって、先生の心を動かしたから」 「俺だって動かした! なぁ、夏目?」 「だから、僕に振らないで……!」  夏目は両手で顔を覆った。 「二人とも本当に意地悪です」 「別に意地悪じゃない」 「そうですよ。夏目限定の勝負です」  その一言に、夏目は小さく息を呑んだ。 「どうして、そんなに俺に拘るの?」  何気ない質問だった。けれど二人の表情は真剣になる。最初に口を開いたのは大河だった。 「だってさ」  少し照れ臭そうに頭を掻く。 「世界中の人が格好いいって言ってくれても、夏目が何も言ってくれなかったら意味ない」 「え……」 「夏目に褒められたい」  その真っ直ぐな言葉に胸が熱くなる。  宗次郎も静かに微笑んだ。 「僕も同じです。何万人のお客様から拍手をいただいても、夏目が『格好よかった』って笑ってくれる一言には敵いません」 「宗次郎まで……」 「だから知りたいんです」 「今回のお芝居はどちらを見て、心が一番動いたのか」  夏目は二人を見つめた。  本当に困った人達だ。  舞台では誰よりも堂々としているのに、自分の一言で一喜一憂してしまう。そんな姿が可愛くて、愛おしくて、胸がいっぱいになる。 「じゃあ正直に言いますね」  二人が同時に息を呑む。 「大河」 「おう!」 「殺陣、本当に格好よかったです」 「よし!」  思わずガッツポーズをする大河。 「でもね……」  夏目は宗次郎へ視線を向ける。 「宗次郎」 「はい」 「最後の独白は反則」 「反則?」 「あんな演技されたら泣くしかないでしょう?」  宗次郎は照れたように笑った。 「ありがとうございます」 「だからね」  夏目は二人を交互に見つめる。 「格好いいの種類が違うんだよ」 「種類?」 「どういうことですか?」 「大河は見た人を興奮させる格好よさ。宗次郎は見た人を泣かせる格好よさ」  二人は黙って聞いている。 「僕は、その両方に何度も救われてきた。初めて劇場で二人を見た日から、ずっと」  夏目は照れ臭そうに笑った。 「だから、どっちが上なんて決められないです。いいえ、決めたくない。僕は二人とも大好きだから」  その言葉に部屋は静まり返る。

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