3 / 6

3

「いらっしゃいませ! 四名様ですね、奥の席へどうぞ」  給仕用のエプロンを身に付け、ヒューゴは酒場のホールを忙しなく動き回る。 「はい、ビアが三つに、チーズのセットですね。すぐお持ちします」  この酒場は小さな街においてほぼ唯一と言っても良い社交場で、連日連夜多数の客が訪れる。その分、常に人手不足かつ日払いでそれなりに稼げるため、ヒューゴにとっては願ったり叶ったりの職場だ。  やはり頻繁に芝居を観に行って、都度都度花束を購入していれば、先立つものが必要になる。 「お待たせしました、こちらジントニックとソーセージ盛り合わせです」  活気に満ちた酒場でのホール仕事は忙しく、あちらこちらに気を配らなければならないので大変ではあるが、推しのためならどうということはない。リン様だってきっと何かと苦労しているはずだから、僕もできる限り頑張って彼を応援するのだ。  推しの養分となる喜びを感じながら料理と酒を運んでいると、ドアが開いて新たな来客が現れる。 「いらっしゃいま……」 「二人だが席は空いているか?」  新たに訪れた客の威圧的なまでの美貌に、店内の女性客数名が少しばかりざわめく。彼、ライニールはゴージャスな衣装を纏った女性の肩を抱きつつ、ヒューゴを見下ろした。内心げんなりとしながら、ヒューゴは彼ら二人を席に案内する。  自分がここで働いていることはライニールには言っていないが、数多の美女と浮き名を流す彼のことだ。こういった酒場もよく利用しているのだろう。 「ご注文は?」 「ビアを二つに、ミックスナッツを一皿。味付けは岩塩とハーブで」 「かしこまりました」  マニュアル通りの接客をして厨房に戻ろうとした時、「あれがヒューゴ君?」と女性の方がライニールに尋ねているのが聞こえた。 「ああ」 「地味で根暗でつまらない奴って言ってたけど、結構カワイイじゃない」  ひそひそと失礼な話をしていることは何となく察したが、ヒューゴはなるべく意識せずに仕事に戻る。 「お待たせしました。お先にビア二つです」  ジョッキを持って再び席を訪れると、ライニールの連れの彼女が声をかけてきた。 「ねえ、いつからここで働いているの?」 「つい最近からです。十日ぐらい前から……」 「ライニールから聞いたけど、昼間はアンバー通りの雑貨屋で働いているのよね? そんなに生活が苦しいの?」  ずいぶん明け透けな物言いだが、悪気があって聞いているわけではなさそうだ。ヒューゴは正直に答える。 「生活する分には全然困っていないんです。ただ、今この街に来ている劇団にすごく好きな俳優さんがいて。劇場に通ったり、花束を贈ったりするのに、どうしてもお金がいるんです」 「そうなんだ! あたしも一回観に行ったけど、誰が好きなの? やっぱりお姫様役のヘンリエッテ?」 「いえ……リンという、遠い東の国からやって来た人です」  好きな人について話すのは少々恥ずかしいが、どうやらこの女性は推し活に理解があるようだ。 「へえ、ちょっとマイナーなところにいくのね」 「た、確かに彼はまだ新人と言われる立場で、あまり知名度はないかもしれませんけど、僕にとっては一番なんです! 演技が上手くて、外国語も流暢で、見た目も綺麗で……それに、俳優になるためにたった一人で海を渡ってこの国に来たっていう経歴もすごく立派で」 「あははは! もういいわよ、よく分かったから。あなた、本当にその人のことが好きなのね」  思わず早口で話してしまうヒューゴに、彼女は苦笑しつつジョッキに口をつける。  好き。そうだ。僕はリン様という役者のことが、その経歴や人間としての性質含めて好きなのだ。  もちろん、魅力的な容姿が印象に残っているというのも否定はしないが、結局のところ推している理由はリンの内面的な部分に在る。 「……はい! 大好きです!」  心からの笑顔でそう答えた。  別の卓から「おおい、注文お願い」と大声で呼ばれ、慌ててそちらへ向かう。仕事頑張ってねと笑う女性の隣でライニールがどんな表情をしていたかなど、ヒューゴは知る由もなかった。

ともだちにシェアしよう!