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 質素な寝室に彼を招き入れ、クッションを勧める。自分も向かいに座ろうともう一つクッションを取り出そうとするが、ライニールが「ここに座れ」と己の膝を叩いた。  言われるがまま、筋肉の発達した太腿を跨ぎ、向かい合うように座る。いつもしているみたいに彼の胸に頭を預け、ヒューゴは「今日のライ、何か変だね。どうしたの?」と聞いた。顔を上げると、信じられないという表情でこちらを凝視する彼と目が合う。 「驚いたな、ここまで効くとは。やはり禁術には禁術たる所以(ゆえん)があるということか」 「ライ? 難しいこと言われても、僕分かんないよ。ライみたいに頭が良くないから」 「ああ。ヒューゴ、お前は学生の頃、魔術の成績も下位に近かったな。魔術を行使するにあたって禁じ手とされている三箇条も、覚えてはいないのだろう?」 「んー……?」  学び舎で彼と一緒に勉学に励んだのも、もう何年も前の話だ。何故今頃になって昔の話をするのか、ヒューゴには理解できない。 「一つ、人の命を直接奪うこと。二つ、死んだ人間を蘇らせること。そして三つ、人の心を操作することだ」 「あ……何か思い出してきたかも」 「これらを実行できる魔術は存在するが、先の二つに関しては通常の学び舎で教えることはまずない。だが、三つめに関しては事情が異なる。万が一他者にこの禁術を使われた際、己の身を守るためという名目で、どういう呪言が使用されるかあえて教わるんだ」 「そんなの習ったっけ」  昔の記憶を思い出そうと過去を振り返るが、上手くいかない。ライニールを部屋に上げてから頭の中に靄がかかったようで、何も考えられなくなっている。  少し怖くなって彼から離れようとすると、固い手のひらがヒューゴの背中を押さえた。鍛えられた身体に押さえ込まれると、己の貧相な体格ではとても抵抗できない。 「この禁術は他の魔術と違って、呪言を唱えるだけでは上手く発動しない。操作したい対象の心を開かせ、その魂に直接呪いを刻み付ける必要がある」 「呪い……? 何、本当に。怖いよ」 「だがな、心を開かせると言っても、対象と本当に信頼関係を築いている必要はない。具体的なアクションが伴っていれば、この術は十分に効果を発揮する。例えばそうだな、とか」  据わった瞳でこちらを見つめる彼が怖い。何か怒らせるようなことをしただろうか。  離れようとしても無駄だったので、逆にぎゅうっと抱きついてみる。逞しい筋肉の感触が、衣服越しに伝わってきた。 「ヒューゴ」  低い声で名前を呼ばれ、背中に回された腕で強く締めつけられる。彼の強靭な胸にすりすりと頬を寄せると、股のところに違和感を覚えた。  ライニールの膝に座っているから、彼が興奮しているかどうかすぐに分かってしまう。 「ライニール……んっ、う……」  顎を掴まれて唇を吸われる。熱を持った舌が、ヒューゴの小さな口内を蹂躙した。 「ん……ぁう……」  彼の舌に己のそれを絡めると、くちゅくちゅと水っぽい音が鼓膜を通じて脳に響く。  いつも余裕を持った振る舞いをするライニールにしては、ずいぶん性急にあちこち舐め回される。口の中の上部にある少しくすぐったいところや歯の裏側まで愛撫された後、再び互いの舌を絡め合わせた。  ふと、雨に濡れたカラスの羽のように艶やかな黒髪が脳裏を過る。『彼』も誰かとこんなことをするのだろうか。いや、彼って誰のことだ? 僕の恋人は後にも先にもライニールだけで、他の人になど目もくれたこともないはずなのに。  何だろう、何かが間違っている気がする。大切なことを忘れているような。ああ、キスするの気持ちいい。だめだめ、思い出さないと。このままだときっとお前の人生は大変なことになるぞ。あん、舌吸わないで。何も考えられなくなっちゃう。明日は大事な日なんだから、ライニールにはもう帰ってもらわないと。大事な日? 明日は何があるんだっけ……? 「やっ! いたい……」 「余計なことを考えるな」  キスの最中にあれこれ考えていたからか、お仕置きとばかりに唇を噛まれた。そうだ、今はライと一緒にいるんだから、彼に集中しないと。大好きな恋人と抱き合っているというのに、僕ってば何でこんなに気が散るんだろう。 「ん……ライ、ライ……好き、大好き」 「……っ、ああ。俺もだ。お前を愛している」  唇が離され、彼の強靭で格好良い腕がヒューゴの身体を抱く。口付けで興奮を煽られたからだろうか。彼の腰が無意識に揺れているのを感じて、ヒューゴはこの優秀な恋人を可愛らしいと思った。 「禁術に手を出したと明らかになれば実刑は免れない。それでも、こうせずにはいられなかった。お前がどこか遠くへ、俺の知らないところへ行ってしまいそうで」 「ライ?」 「昔からお前が、お前だけが可愛かった。誰も代わりなんか務まらなかった。責め苦はすべて俺が負うから、俺と一緒に地獄へ堕ちてくれ」  よく理解できないことを言いながら、ライニールはヒューゴを抱きかかえて寝台へと移動する。  彼とは何度も肌を重ねたが……そうだっただろうか、これが初めてではないだろうか。恋人との逢瀬をよく思い出せないなんておかしいね。僕ってやっぱり落ちこぼれなのかな。  強くて頭も良くて何でもできて、欲しいものなんか何だって手に入るだろうに、こんな僕なんかを愛してくれるライニールが大好きだ。  優しくて甘い夜を過ごした後。愛しい彼が「今日は何をするつもりだ」と聞いてきたので、「ライと一緒にいるよ」と答える。ヒューゴにとっては当然の回答だったが、ライニールは嬉しそうに笑って「そうか」とだけ言った。

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