8 / 31

第8話

 林さん宴をあとにしてから商店街の他の店にも立ち寄ろうと話をしていたが、義父に急な仕事が入り菜帆と共に帰ることになった。 「あっ、紀咲さんのお店だけ寄って良い? パパ、先に車戻っといて。すぐ行くから」  岳と別れる際に交わしていた約束を社交辞令で終わらすつもりはなかったようで、菜帆は長い髪を揺らしながら先に走って行く。 「俺も菜帆待ってから行くよ」 「じゃあ俺は前一(まえいつ)さんに挨拶してから車に戻っとくな」  裕司のことを快く思っていないだろうに、律儀にそう言って菜帆に続き足早に歩き出した義父が「あっ」と思い出したように振り返る。 「綾太、お前には父さんと菜帆の居る家もあることを忘れるなよ。いつでも帰って来なさい。父さんも菜帆も大歓迎だ」  思わず足を止めてしまった。 「……うん。家出たいって言ってごめん。俺の我儘聞いてくれてありがとう」  そう返したら義父が笑顔を見せるので、綾太も笑って見せた。  義父とも別れ、岳の店の前で菜帆を待つ。中に入ろうかと思ったが、そうすると長居してしまいそうなのでゲームでもして待とうとズボンのポケットからスマホを取り出す。  岳からメッセージが来ていて、そういえば昨日銭湯の帰りに連絡先を交換したのだと思い出す。通知を開くとアーケード内にある若者が好みそうな店の名がずらりと並んでいた。美味いパン屋やハンバーガーショップ、コーヒーショップにはコーヒーだけでなく季節のフルーツ(マエイツ青果店利用)を使ったフレッシュジュースやスムージーも楽しめると注釈が加えられている。  これらに菜帆を連れて行ってやれということなのだろうが、飲食店ばかりで「食いもん屋ばっか」と口に出して笑ってしまう。  ゲームで暇潰ししようとしていた当初の目的を忘れ、初めて岳から送られて来たメッセージをじっくりと眺める。 「お兄ちゃんごめん、お待たせ」  スマホに目を落としていると思ったよりも早く菜帆が岳の店から出て来る。 「紀咲さんのお店可愛いの多くって、また改めて友達連れて来ることにした」 「うわー、嬉しい。菜帆ちゃんみたいな可愛いお客さん増えたらいいなぁ」  店内から出て来た菜帆の後ろには岳が居る。言葉通りに本当に嬉しそうに言う岳は、そうしているとチャラい女好きにしか見えない。だが余計なことを言うのも思うのもやめて綾太は菜帆の手首を掴む。 「義父さん、急いでたから早く行った方が良いかも。車のとこまで送る」  自分としては特に変わったことをしたつもりはなかったが岳の視線が自分に向いていることに気付いた。どうしたのかと目線を送り返すと、何でもなかったかのように逸らされた。 「あれ、岳さん付いて来るんですか」 「菜帆ちゃんの見送りー」  店の鍵も閉めずにラフな感じで付いて来る岳を横目に早足で駐車場まで向かった。  菜帆を車に乗せ「また遊びに来いよ。そん時はアーケードの中の店、ゆっくり回ろう」と声を掛ける。もう少し寂しがるかと思ったが、菜帆は無理に作った笑顔ではなく柔らかな笑みを浮かべ綾太と岳に向かって手を振った。 「お兄ちゃん、言い忘れたけど、髪の毛切ったの、似合うね。かっこいい」  車が動き出す直前のことで、照れる間もなく菜帆の上機嫌な顔が遠ざかって行く。義父の車が見えなくなってもひらひらと手を動かしていると岳が肩をぶつけて来る。 「かっこいい~♡だって」 「……そんな言い方してました?」 「してたしてた。菜帆ちゃん、お前のこと相当好きみたいだな」 「妹なんてあんなもんじゃないですか」 「いや仲良い方だと思うよ。じゃなきゃ高校生同士で手とか繋がないだろ」 「繋いでませんけど!?」  岳がアーケードの方角に歩き出して、綾太も急いで後を追う。 「繋いでたじゃん」 「あれは手首を掴んだだけです。急いでたし」 「別に俺に言い訳しないでいいって。仲良しなのは悪いことじゃないじゃん」 「いや、違うから……」  漸く岳の隣に並んで横顔を盗み見る。柔らかな表情で綾太を視界に映すことなく、真っ直ぐ前を見据えている。 「いいんじゃねぇの。血が繋がってるわけでもなし」 「だから違うんで」 「菜帆ちゃん言ってたよ。お兄ちゃんが出て行ったのは寂しいけど、別々に暮らした方が妹扱い受けなくて済むって。お兄ちゃんに女の影があったら教えてくださいって。好きなの? って聞いたら、はい、だって。全然隠さないのな。若いってすげぇ」  岳の言葉に驚きはなかった。「お前の妹、絶対お前のこと好きだよ」と、中学の頃から友人によく揶揄われていたからだ。曰く、綾太を見る目付きが家族を見るそれではないらしい。  男女間の恋愛と家族愛が対極にあるというのは分かるが、どこがどんなふうに違うのかまでは経験不足で判断が付かない。妹という存在は菜帆しかなく他と比べようもない。妹が兄を見る正しい目付きなど考えたこともなかった。 「好きって……兄貴としてってことですよ」 「いや、あれは違う」 「なんで分かるんですか」 「分かるんだよ、俺には」  そんな超能力者みたいなことを言われても全く説得力はない。  会話を繋げてみようかと考えながら横目で見れば、岳は薄い笑みを張り付けている。  触れてはいけないような気がして、綾太はそれ以上何も言わなかった。

ともだちにシェアしよう!