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第10話
寝れば思考がリセットされるはずが翌日も綾太は岳の事、否、商店街の事を考えていた。
登校すれば忘れられるかと思ったが、最初の内は授業に集中出来ても黒板の数字が客の数に見えるようになってノートに書き込みを行う手が止まる。
休み時間も前の授業の教科書を拡げたままにして机に倒れ込んでクラスメイトに声を掛けられても生返事しか返せないでいた。
「元気ねぇな」
上から声を掛けられて机に突っ伏していた顔を横に向ける。声の主は分かっている、友人の西田だ。
「元気なくはない」
「声に覇気がねぇよ。そういう時は運動に限る。バスケやろ」
西田は入学当初より綾太の身長だけを評価して熱心にバスケ部勧誘を行って来た。綾太は断り続けたがその過程で仲良くなり、三年になってからは部活動の勧誘は無くなったが、今でもこんなふうに綾太を誘って来る。
悲しい時でも困った時でもバスケをやっていれば何とかなる。何故ならバスケは楽しいからという根っからのバスケ狂だ。
「悩み事ならコートで聞いてやる」
「バスケするとは言ってない。あと悩み事あるとも言ってないし聞いて欲しいとも思ってない」
「なんだよ、綾太、冷たいじゃん。ガチへこみ?」
「だからなんでもねーって」
いつの間に書いたのか教科書の空白部分に「イベント」と文字が綴ってあって、綾太は自覚なく書いたそれを消すようにシャーペンでぐりぐりと塗り潰す。
「イベント?」
「ん? うーん、いや、三年になったばっかとはいえ、高校生活もあとちょっとだなって思ってさ。そんで高校三年のイベントってなにがあったかなって考えてて」
咄嗟に答えて後悔をした。あまりにも苦しい言い訳だ。色々突っ込まれるだろうなと覚悟して自分で作った毛虫みたいに黒く細長い教科書の汚れを見つめて西田の言葉を待つ。
「確かになぁ。この先心から楽しめるイベントなんて体育祭に文化祭……くらいか。夏休みは夏期講習で潰れるし、終わったな、俺たちの青春」
まさか乗ってくるとは。意外な展開に綾太は突っ伏していた顔を上げて漸く西田と視線を交わした。
「……体育祭に文化祭……」
顔を起こした瞬間に先程西田が放った言葉が耳に戻って来て脳内を揺らした。当の本人である西田は綾太の様子に首を傾げている。
「ああっ、それだ!」
「は? どしたの」
「なんでもない。なんでもないけどありがとな。今度バスケ付き合うわ」
テンションが下がっているかと思えば突然溌溂として礼を言う綾太に不審げに眉を寄せた西田であったが、バスケというワードが出ると「やったー」と間の抜けた声を上げた。
放課後、職員室へ続く廊下で肩幅が逞しい教員を見つけて声を掛けた。副担任の向島 だ。「ちょっと話が」と言うと廊下の端に避けて、持っていたクリップボードを小脇に挟み聞く体勢を取ってくれた。
「先生って生徒会の顧問でしたよね」
「そうだけど、なんで?」
「ちょっと生徒会に取り次いで貰いたい件が」
「どんなこと?」
「え……今ここで言うんですか」
「ここで言えないことを生徒会まで持って行けるわけないだろ」
向島は大きな手で細いペンを持ち、クリップボードに挟んだ紙の空きスペースに「矢敷 意見 生徒会」と書き込んでいる。
別にご意見したい訳ではないのだが、咳払いをしてから話し始める。
「今、父の店がある日ノ入り前商店街で世話になってるんですが、土日に店番しててもお客さんが少ないなと感じることが多くて。街の皆、商店街に古臭いイメージ持ってるのかなって。俺も最初そう思ってたんですけど、アーケードの中行き来してると結構良い店あるんですよ。服屋もあるし美容室もあるし、中華料理も美味いし、商店街から少し行けば銭湯とかもあって。だけど人が来ないとそういうのって知って貰えないでしょ。知らないから廃れていくっていうのは勿体ないなって思って、それで――」
ここまで話しても向島のペンが走る事はなく、未だ構えている状態から動かない。
向島自身もクリップボードに視線を落として相槌もないから綾太の話を聞いているのか定かではない。
「つまり、あの、イベントをやってみたらどうかなって。高校でも文化祭あるじゃないですか。ああいうのを、商店街を使って。でも俺一人では無理なので生徒会に協力して貰って、と考えたんですが」
伝わっている感覚が全くなく言葉が上滑りする。それでも最後まで伝えてしまうと、向島はゆっくりと顔を上げた。やはりペンを持つ手は動いていない。
これは生徒会まで通して貰えそうにないなと半分諦めていると向島は表情を変えずに指先で顎を掻く。
「それはあれだな、矢敷。生徒会案件ではないな。いや最終的には生徒会も関わってくるだろうが、イベントなら特化した部活があるぞ。そっちをあたってみた方が早いと思う。ちなみに顧問は教頭がしてる」
意外な言葉だった。自分の提案が否定されて終わりだと思っていたら、向島は綾太の話を聞きながら最適解を導き出してくれていた。
「週三活動で、その内の一回は多目的教室で打ち合わせしてるはずだからその日に合わせて話をしてみたらいい。俺からも教頭に話しておくよ。それから部長にも先に話を通しといた方が良いな。誰だったかな、ど忘れしてる。調べて明日伝えるよ」
「ありがとうございます! 助かります」
そこまでして貰えるのが嬉しくて、綾太は勢い良くお辞儀をする。
「高校の活動を地域に知って貰える良い機会だし、商店街にとっても人を呼べるチャンスになる。いい提案だよ、実現すると良いな」
向島の励ましに綾太はもう一度礼をして顔を上げる。
想像以上の収穫があり上機嫌でその場をあとにしようとしたら「そういえば」と向島から呼び止められた。
「矢敷、進路希望まだ出してないよな。早めにな」
「あ……はい」
向島の言葉で足裏が地面にがっちり固定される。岳の為に何かしたいという気持ちは高校三年の自分が本当に成さねばならぬことから背を向ける行為だったのではないかと思えて来る。
浮かれていた気分を抑えるように綾太は意識して笑みを消した。
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