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第11話
翌日、向島から伝えられたのは「コミュニティ部」という部活名だった。
その名の通り、人と人との繋がりを大事にし、地域をより良くする為に活動している、らしい。
部活名と共に部長が三組の倉本 という生徒である事も聞き、挨拶をしておこうと綾太は昼休みに自分のクラスである一組を出て三組へと向かった。
名前だけの記憶でいうと倉本とは三年間一度も同じクラスになっていない。だから綾太の中で倉本という生徒の情報が薄過ぎて、どんな姿形をしているのかぼんやりとも浮かばない。
廊下から三組の教室を覗き、出入口を行き来する生徒に声を掛ける。
「倉本くんて、居る?」
「倉本? ああ、えっと……」
存在の確認だけでもと思っていたが声を掛けた生徒は「倉本~、矢敷くんが呼んでるよー」と名乗った覚えはないのに綾太の名字まで付けて呼び出してくれた。
昼休みに教室に残っていた生徒らの目が綾太に向く。居た堪れないが、すぐにクラス内で「ややっ」と掛け声がして生徒らの視線は散り散りとなった。
「矢敷綾太くんではないですか!」
教室の端の席からマッシュヘアの男子生徒がぴょこっと立ち上がり、ずれた眼鏡を直しながら迷路を行くように席と席の間を抜けて綾太の元へとやって来た。
教室の出入口に立っていた綾太は倉本の勢いに負けて廊下の真ん中まで押し出される。
「あ、えっと、倉本くん?」
「そうです、倉本大貴 です!」
「俺は一組の――」
「矢敷綾太くんですね! 知っていますよ、あなた目立ってますから」
「は、え? 目立ってはない、と思うけど」
至って普通の高校生活を送っている綾太には倉本が言うような目立っているという自覚はない。友人は多くもないが少なくもなく、病欠以外で学校を休んだこともない。とにかく平凡な男子高校生だと自認している。
困惑して倉本を見ると「僕の中での話です」と満面の笑みで見つめ返してくる。
「身長が高いので、僕の中では注目度ナンバーワンなんです」
「……あ、それは、どうも、ありがとう」
知らぬ間に身長の高さだけで倉本の中の注目度判定をクリアしていたようで、とりあえず礼だけ済ませて綾太は話を続けた。
「向島先生から聞いてると思うんだけど、コミュニティ部のミーティングに混ぜて貰いたくて。部員でもないのにごめん」
「部員でなくても大歓迎です! 地域のためのなんでも屋みたいなものですから、コミュニティ部は。矢敷くんのように所属してなくても話を持って来てくれる生徒は結構居るんですよ。まぁ詳しい話は明後日のミーティングで伺うとして、要点を紙に纏めてきて貰えると助かります。そうすると矢敷くんも話やすいでしょうし」
「カンペみたいなもんか」
「無くても構わないんですが、簡単でもあった方がプレゼンテーションしやすいでしょう? なによりしどろもどろに話されると時間の無駄ですから」
結構はっきりと物を言う。けれど気遣われるよりは余程良い。
「分かった。準備しとくよ」
ではまた明後日、と眼鏡を引き上げた倉本は現れた時と同じように席の間を抜けて自席へと戻って行った。
その日の夕方から青果店の二階で綾太と真っ白なA四用紙とのにらめっこが始まった。シャーペンを持ち、倉本に言われた通りに話したいことの要点を纏めてみたがどうにもあっさりし過ぎている。全部消して再び真っ白になった用紙の前で腕を組む。
向島に聞いた話ではコミュニティ部には部員が十数人居るらしい。その他にも正式な部員ではないが、ボランティア活動をする際に参加してくれる生徒が複数居るとも言っていた。
時間を作って話を聞いてくれる部員と、共に活動に当たってくれる生徒らを納得させるのにこんなに簡素な作りの物で良いのだろうか。
倉本はそれで構わない、無いよりはマシと言っていたが――。
「綾太ー! 岳が来てるぞ」
一階から裕司の声がして、訪問者の名を耳にすると肩がピクッと揺れる。白い紙を視界から消えるまで見続けて、それから一階へと下りる。
「りょーたー、風呂行こー」
手に銭湯バッグを持った岳が機嫌良く声を掛けてくる。
「俺約束しましたっけ? てか店は?」
「今日はもう人来る予定ないし閉めた。つーかさっき風呂行こってメッセージしたよ。返事なかったけど」
「あ、すいません、ちょっとやることあって集中してたから気付かなかったです」
「まぁいいや、気分転換に風呂行こー」
「いやその……風呂ももう入っちゃって」
既に済ませたのは事実だ。少しでも時間を作りたくて学校の後に日ノ入り前ノ湯に寄って帰ってしまった。
それでも普段なら岳の誘いを断ったりしない。岳と一緒ならふやけるまで湯に浸かっていられる。でも今は時間が惜しい。真っ白な紙が頭から離れない。
「えー、そうなん。じゃあまた今度行こ」
あっさりとした口調で言うと岳は店先に出ていた裕司と一言二言交わして去って行った。岳の背を追いたいのを堪えた綾太の溜息がバックヤードに響き渡る。けれど今は岳のために、やると決めたことに専念しなければ。
「岳、行ってしまったけど良かったんか」
裕司が間仕切り暖簾を分けて中へと入って来る。良くはないが、一時的な欲求に身を任せてしまえば岳のために使える時間が減ってしまう。
「うん、もう風呂入ったし」
今しがた吐いた息よりも小さめの溜息を口から放るとその場に置いてある椅子に腰掛ける。
裕司が細かに目線を送ってくるのが分かる。綾太の様子を気にしているのだろう。
親のこういう視線程煩わしいものはないが、血の繋がりはあれど関係の浅さは裕司も弁えているようで気にはなっても声が掛けられないという空気感が綾太にまで伝わってくる。
先程とは違うタイプの溜息を吐いて「学校で発表するものがあって」と口に出す。
効果音が付きそうなほど大袈裟に表情を変えて、綾太よりも体躯の良い裕司が「うん、うん」と相槌を打つ。
「やりたいことがあってさ、それを皆の前で提案して納得して貰わなきゃなんないの。どういうふうに言おうか考えてんだけど全然纏まらない」
「企画書作ってるってことか?」
「企画書……は作ってない。言いたいことの羅列みたいな感じ」
「それなら企画書の方が良いんじゃないか。綾太も伝えやすいだろうし、受け手もそっちの方が分かりやすいと思う。綾太の企画の話とは違うけど商売人も銀行から金借りる時には事業計画書出すし、色よい返事を引き出したいならそれなりのものを出さなきゃ。企画書にすればその場しのぎの言葉よりも信用出来るしな」
「そんなの作れんのかな、俺に」
「今はネットに企画書のテンプレートも転がってるし、それを見ながら綾太なりに伝えたいことを纏めてみれば良い。そっちの方が言いたいことの羅列よりも熱意感じるよ」
言いながら裕司がバックヤードの奥に行って、店のノートパソコンを手に戻ってくる。
「ほら、これで作ってみ」
「……いいの、借りて」
「いいに決まってるだろ。夕飯出来たら持ってくからそれまで二階で作ってな」
「ありがと」
素直に受け取って二階へ戻ると白い紙とシャーペンを端に寄せてローテーブルの上にパソコンを置いた。
いつでも眺められるように岳の店で買った小物入れの中には母の遺骨の入ったカプセルが転がっている。それを見てから「よし」と独り言を言ってパソコンを開いた。
それから二日間、睡眠時間を削って企画書を作った。
裕司のアドバイス通りネットで検索してみると企画書や提案書などのテンプレートがそこら中にあって、更には書き方のアドバイスまで載っていた。
それを参考に作って、店にあるコピー機で人数分より少し多めに印刷をして持って行った。
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