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第20話

「お兄ちゃんさ、彼女出来た?」 「は? 出来てるように見えるか」 「見えない」 「なら聞くなよ」  Clairを出てから菜帆がパン屋に寄りたいというので付き合い、喉が渇いたというのでコーヒーショップに行って、もう帰るというので自転車を置いてある駐輪場まで見送ろうとアーケードの出入口まで一緒に歩く。  青果店前で裕司が菜帆にメロンを渡し、重たいそれを綾太が持ってやると何を思ったのか突然彼女が出来たのかと言い出した。 「紀咲さんに聞いたけど、商店街でイベントやろうって言い出したのお兄ちゃんなんでしょ? そんな自発的だったっけ、と思ってさ。だからお兄ちゃんを変えちゃう人に出会ったのかなって」 「そんなんじゃねぇよ。単に……」 「単に?」  菜帆が名前を出さずとも常に岳の存在は綾太の中に在って、この商店街には岳が居るから、岳が望むようになればと行動を起こした。  結果的に岳が苦手とする純也も関わる事になってしまったが、それでも今の所は順調にイベント準備は進んでいる。 「なんでもない。とにかくそういう相手は居ないから」 「好きな人もいないの?」 「……うん」  追求されたら面倒だから最近自覚した想いは隠しておくと菜帆が上機嫌に鼻を鳴らす。 「そっか。良かった」 「なにが良いんだよ」 「私にもチャンスがあるってことじゃん」  明るい声色で言われて何の話だよなんて鈍感な振りは出来なかった。  頭の中を巡るのは過去に友人に茶化された「お前の妹ってお前のこと好きだよな」という声と少し前に岳に言われた「菜帆ちゃん、お前のこと相当好きみたい」という言葉。  菜帆は自分を兄ではなく一人の男として見ている。  ここで会話が途切れても菜帆が自転車を置いてある駐輪場への道は続く。  足を動かし続け、ちらりと菜帆を見遣ると機嫌を保ったまま笑みを湛えているから綾太の返事を待っているわけでもなさそうだ。  別に「好きだから付き合って」と言われたわけではない。綾太が何も返さなければ家族でいられる。このまま曖昧にして乗り切れるのではないかとすら思えてくる。 「じゃーね、お兄ちゃん」  自転車のカゴにメロンを乗せてやり、手を振る菜帆に同じように手を振り返す。  無理矢理に作った笑顔は引き攣りそうになるが菜帆の目がこちらに向いている間は口角を上げ続けた。 「……はぁ」  悩ましい息を吐いて引き上げた頬を元の位置に戻してアーケードの出入口に引き返すとうろうろとしている人物を見つける。  あれ、何処かで見たな――と記憶を辿りつつ確信を得る為に近付くとその人物が振り返り綾太を見て「あっ」と声を上げた。  突然の事に驚きながら顔を見れば岳の兄の純也で、今度は綾太が「ああっ」と返した。 「紀咲議員!?」 「ごめん、驚かせちゃったね」  スーツではなく私服姿だったので顔を見るまでは誰だか分からなかった。 「岳さんに会いに行くんですか」  仕事ではなさそうだし、そうなると用件は弟のことしかないだろうと勝手に決め付けて言えば、純也はすらっと上に伸びた体を固めて「ああ、いや、うん」と煮え切らない返事を寄越してくる。 「矢敷くんは家に戻るところかな? 岳の店に寄ったりしない?」 「もしかして一人では行きにくいとかですか? 俺付いていきましょうか」  商店街の出入口を迷うように行き来していた事と奇妙な態度でピンと来た綾太が提案すると漸く緊張が解けたみたいに純也がホッと息を吐く。  一緒に歩き出してすぐに隣から「情けない姿を見せちゃったね」と照れた声が聞こえてくる。綾太にしてみれば威張って強がる大人よりも余程好感が持てるから「そんなことないですよ」と返事をする。 「恥ずかしい話だけど岳は俺のことが苦手みたいでね。でもどんなに嫌われても俺にとって岳は大事な弟なんだ。商店街でイベントをすることになって久し振りに岳と話が出来て本当に嬉しかった。だから調子に乗って休みの日に会いに来たりなんかして……でも岳にとってイベントは仕事だろ? 俺とは仕方なく接しているのは分かっているからここまで来て急に怖気づいちゃってね」  話を聞くに、純也は岳から避けられていると気付いているようだった。 「それでアーケードの入口をうろうろしてたんですね」 「そう。岳が成人して家を出てからはなかなか会う機会がなくて、あいつも全然実家に寄り付かないし、まぁ帰って来ないのは俺を避けてるからだろうけど、でもこの機会にちゃんと向き合いたいと思ってさ」 「岳さんって理由なくそういうことする人じゃないと思うんですけど、なにかきっかけがあったんですか」  生意気言ってすいません、と付け加えると、純也は眉を下げて首を横に振る。 「これといった心当たりはないんだ。大喧嘩したって記憶もないし。ただ――」  純也が言い掛けて、綾太に視線を向ける。 「岳から母親の話は聞いてる? 俺たち血が繋がってないんだ」 「はい、聞いてます」 「そう……岳は君に相当心を許してるみたいだな」  伏し目がちにして純也が表情を和らげる。  岳に好意を寄せる綾太にとっては嬉しい解釈だが、岳のことだから人を選んで話しているというよりは境遇が似ているから打ち明けたという方が近い気がして手放しで喜ぶことは出来ない。 「岳の母親は、あ、俺の義理の母でもあるんだけど、すごく優しい人だった。血の繋がりのない俺と実の息子である岳を分け隔てなく育ててくれたんだ。同じように褒めて同じように叱って……だけど岳にとってはそれが嫌だったのかもしれない。うちの父と岳の母親の再婚は突然決まってね。といっても大人同士は何度も会って付き合いを重ねてたんだろうけど俺たちはそんなこと知らないから。岳にしてみればいきなり父親と兄が出来て、自分一人に向いていた母の愛情が別の子供にも向くようになるなんて、幼心を考えればパニックになるに決まってるよね」  純也の打ち明け話を前に、綾太は思う。  二人は何か行き違いを起こしているのではないかと。 「紀咲議員! いや、お兄さん! ちょっと一緒に果物を食べませんか!?」  突然の申し出に「は? え?」と零す純也の腕を掴んで自分の店に寄ると先程菜帆に渡したメロンと同じ種類の物を純也に持たせて、包丁とフォークをその辺にあるチラシに巻いて再び店を出てClairに向かった。

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