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第25話
時刻は午後二時を過ぎた。時間が押している。
岳は自分の代わりに木場を一階に向かわせ、全体を見て貰うことにし、開始直前にモデルを全員集めて挨拶をした。
「文化祭なんかでやるファッションショーだと思って、気軽に楽しんでください。気に入った服があったら買い取って貰って良いんで、ってのは冗談で、店気に入ったらまた遊びに来てね。なんも買わなくても歓迎します」
周囲から小さな笑いが起こる。
「じゃあ行こう、よろしく」
岳が締めの言葉を発するとタイミング良く音楽が流れ始めた。
「……結構人集まってますね」
「うん。モデルの子たちと一緒にSNS使って宣伝しまくったかいがあったな」
二階から一階店内を覗き見しながら言うと岳も頷く。
モデルは女子が大半で、男は綾太とバスケ部から連れて来た西田と他数人だけ。
序盤はレディース物をアピールする為、菜帆を始めとする若い女性たちが出て行く。
注目されるのは女子で男たちは最後に添え物のように秋冬物を身に着けて登場するだけ。だから緊張はしない。綾太は自分にそう言い聞かせるが、狭い店内を埋め尽くす人々を見ていると僅かばかり体が強張る。
「綾太、緊張してる?」
岳の声に一階を見つめた状態で素直に頭を上下させる。
既に女子が何名か階段を下って行った。彼女たちの方が余程プレッシャーを感じているだろうに、今のところ躓いたり変な力の入り方をしている子はいない。衣装か、それともヘアメイクがそうさせるのか、皆、見られることなど何でもないように自信を身に纏っている。
女って強いな、なんて考えていたら岳が綾太の服の裾をツイと引っ張る。
「手、繋いでやろっか」
「……え?」
「緊張してんだろ? 手握ってやるよ」
一階店内に釘付けになっていた目が瞬時に岳に向く。
それから周りを見渡すと残りの女子と最後の方に下りて行く男子たちが視界に入る。誰もこちらを気にしていない。音楽で岳の声が掻き消されているのだ。
「え、え、手すか」
「うん。触って」
手を差し出されて綾太は戸惑いながらも岳の手の平に触れる。
岳の手は冷たかったし、少し震えていた。
「……岳さんでも緊張すんですね」
「バレた? 手握ってやるとか言って実は俺の方が緊張してる。でもお客さんのこと楽しませたいし、俺自身も楽しみたいから頑張る」
無理に作った笑みが愛おしい。誰も居なかったら許可も得ずに抱き締めているところだった。
「モデルの中で岳さんが一番かわ……かっこいいです」
元々女顔をしている岳は中性的な格好が良く似合う。
変態染みている上に気持ちも明かしていないから言えなかったが正直ミニスカート姿も見てみたい。振り払ったはずの妄念が綾太の中で大きくなると西田から「そろそろ俺らの番」と声が掛かった。
リハーサル通り西田が歩き出して暫くしたら綾太が階段を下りる。同じ間隔で今度は岳が歩き出す。
視線が集まっているのを感じる。西田に向いていた視線が綾太に向かい、それもやがて岳へと移る。周囲からは私語も聞こえて来ない。音響のお陰もあるだろうが綾太の視界にはヒソヒソ話をしているような人物も見当たらない。
既に皆の目にも階段から下りて来る岳の姿が映っているだろう。しかし男か女かなど気にも留めていないと思われる。
雰囲気が良くこの空間に馴染みさえすれば性別など些末なことなのだと客に囲まれて初めて気付く。
良かった。
まだ終わってもいない、寧ろ今歩き始めたばかりだというのに綾太は口の中に溜まった息を吐く。
それから近くに居る女性客と目が合った。しかしたった今交わしたはずの目線が綾太の後ろに向かい、彼女の口が「あっ」といったふうに開いた。
何かが起きたのだと察し、ファッションショーの途中だというのに綾太は後ろを振り返った。岳が後ろを歩いてなかったらそうしていなかったかもしれない。
岳は階段を下り切る直前だった。超厚底のシューズが階段の踏板の端に付いてある滑り止めに引っ掛かって体勢が崩れていた。
このままでは階段から落ちてしまう。運が良ければ着地出来るだろうが最悪の場合は足を挫いて床に転がる。
知らぬ顔で歩き続けなかったことをあとで岳に咎められるだろうか。
そうなったとしても構わず、綾太の足は真っ直ぐではなく踵を返して岳の元へと向かった。
両手を拡げたと同時に岳と目が合った。
異変に気付いた周囲の客らが「わっ」と心配そうな声を上げる。けれど一呼吸置いてから今度は安堵の声と複数の拍手の音が綾太の耳に届いた。
綾太が岳を無事に抱き止めたからだ。
岳のキャップがずれているが綾太が手で押さえた為、ウィッグが外れる事態にはなっていない。
岳を立たせて小声で足が平気か確認したら頷くのでそのまま手を繋いで二人で最後まで歩き切った。
「よく受け止めたな。すげぇぞ、綾太」
一階の奥に捌けると木場が興奮した様子で声を掛けてくれる。ファッションショーはまだ続いている。
「見てみ、すげー盛り上がってる」
冷房が良く効いているというのに背中にはじっとりと汗を掻いていて、けれどそれに構う間もなく木場に言われるがまま岳と一緒に店内を覗き見る。
モデルが次々と歩いて行く中、店の中に居る客も外から見ている客も流れる音楽に身を任せファッションショーを堪能していた。
しゃがみ込んだ綾太の隣には岳が居る。
高揚状態で手を取っているという感覚がないのか岳が離そうとしないから未だに二人は手を握り合っている。
「成功ってことで良さそうですね、岳さん」
「……うん」
尋ねたことに対して岳からの返事は短いものだった。しかし、繋いだ手からは言葉以上に安堵している岳の感情が流れ込んで来る。
力が込められる度に綾太もそれに応えて力強く握り返した。
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