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第27話

 ダンス部の次に各部活動の出し物があって、午後四時過ぎ、ほぼ時間通りに商店街のイベントは終了した。 「矢敷くん!」  ステージ上での司会を終えた倉本が人を掻き分け綾太の元へとやって来る。  初めて話した日、絶妙な避け方で机の間を縫って来た姿を思い出す。 「大成功ですね! あとは各所の改善点を吸い上げて更に良いものにしていずれ実現するであろう商店街で文化祭に役立てて貰いましょう」  次の司会は生徒だけでなく商店街の方からも出て貰っても面白いですね、などと早速アイディアを口にする倉本に綾太は一歩下がって頭を下げた。 「矢敷くん?」 「倉本くんと皆のお陰で今日のイベントが実現しました。俺一人じゃ絶対に無理だった。本当にありがとうございました」  顔を上げ周りに居るコミュニティ部の面々にも聞こえるよう声を張り、それからまた一礼をした。 「なにを!? こっちの方が矢敷くんに感謝しているくらいですよ。三年は高校最後にこんな素敵なイベントの主催として動けて、一、二年生は今後このイベントを更に盛り上げていける。矢敷くんがイベントを生み出してくれたおかげです!」  そうですよね、皆、と倉本が言うと何処からともなく拍手が起こる。先程人だかりを見ていた時の感動と同じものがじわじわと足元から立ち上がってくる。 「さぁ、泣いている暇はありませんよ! まだ片付けが残ってます! 後日には反省会もあります! 矢敷くんにも出席して貰いますよ!」  倉本がパシッと背中を叩いて来るので「泣いてねぇよ」と返事をすると周りから笑い声が上がった。  各部活動は模擬店で使用した物品の返却やゴミ捨て等の清掃作業を終えてから帰宅し、コミュニティ部は主にステージの解体撤去作業を行い、午後六時過ぎには元の商店街に戻っていた。  倉本らコミュニティ部員らと別れたあと綾太は青果店には帰らず、Clairへと向かった。  岳の方も受注会が終わり、店の片付けも済んでいる頃だろう。  Clairの近くまで行くとシャッターが半分下ろしてあるのが目に入った。  店仕舞いの合図があっても綾太は気に留めずシャッターをくぐる。以前に岳がシャッターが閉まっていても入って来て良いと言っていたから鵜呑みにして実行したが、ガラス戸の向こうに純也が見えて勝手に入ってしまったことを後悔した。  しかも純也と岳の距離は近く、純也の手は髪を撫でるように岳の頭の上に置かれている。  こういった風景も離れていた時間を埋めようとする兄弟であれば決して不自然なものではないのだろうが、綾太の目には岳に対する特別なフィルターが張られているから岳の頭を撫でる純也の姿を見て心穏やかではいられなかった。  綾太を見つけて岳が手を挙げる。  純也も最後まで岳の頭を撫で付けてから「矢敷くん、お疲れ様」と声を掛けてくれた。その落ち着いたさまに、気まずさを覚えているのは自分だけかと綾太も「お疲れ様です」と高めの声色で応える。 「すごく盛り上がってたね。この分だと来年には商店街で文化祭も実現しそうだ」 「はい。お兄さんもステージで挨拶して下さってありがとうございます」  イベント中、純也の姿は見掛けていた。ファッションショーの時も、綾太が気付かなかっただけで純也のことだから岳を見にClairまで来ていたのではないだろうか。 「じゃあ俺は帰るね。岳、たまには実家にも顔出せよ」 「兄ちゃんが来てんだから良いじゃん」 「父さんも会いたがってるんだよ」 「じゃあ父さんが店に来いって言っといて」  またそんなこと言って、と顔を顰める純也に岳はひらひらと手を振る。綾太は苦笑いで純也を見送り、岳と二人きりになる。 「お兄さん、なんか用事あったんですか」 「俺が階段踏み外すの見てたみたいでな。大丈夫かーって来ただけ」 「……頭撫でられてたからなんかあったのかと」 「あの人いつもああやって慰めるから。母ちゃんが死んだ時もあんな感じで励ましてくれた」  ファッションショーが行われていた為仕舞われていた店内中央のディスプレイが元の位置にあって、いつものClairに戻っている。  しかしディスプレイの上にはまだ何も置かれておらず、背の低いそれに腰掛けて岳が小さく息を吐く。上から顔を見下ろして、純也がしていたように髪を撫でてみたいなと考えて、だけどそうしないように拳を作って握り込む。 「受注会はどうでした?」 「モデルの子たちのおかげでレディース物、評判良いよ。本来の秋冬物の受注期限は過ぎてんだけど友達に無理言ったかいがあったわ」 「季節ごとに受注会したらお客さんも店に通ってくれるようになりますね」 「うん。そんで他の店も覗いてくれるようになって商店街全体が活気付いてくれたらいいな、今日みたいに」 「ですね。今日の感じ見てたら商店街で文化祭以外にも定期的にイベント出来たらその度にお客さん集められると思いました」 「それな。兄ちゃんとも話してたんだけど、高校側に頼ってばっかじゃなくて商店街発信でもなんかイベント考えてみるわ」  話し終えたかと思うと突然岳が、綾太ぁ、と間延びした名前の呼び方をする。  岳にならどんなふうに呼ばれても自分の名を愛しく思うから不思議だ。 「お前のおかげだわ。兄ちゃんとこんなふうに普通になれる日が来ると思わなかった。感謝してる。ありがとう」  純也の名前が出て、岳が微笑み、ああ、この顔が見たかったのだと嬉しくなるのに、それと共にこのままで良いのだろうかという感情も湧き上がって綾太は握り締めた拳を緩めた。 「岳さん、足は大丈夫ですか」  脈絡もなく話始めた綾太に岳は顔を上げた。 「うん、大丈夫。足も綾太のおかげで何ともない。お前には色々して貰ったし、その上階段踏み外したのも助けて貰ったから礼しなくちゃな。なんか考えといて」  綾太を見上げる岳と目が合ったので緩んだ手の平で彼の髪を撫でるのではなく肩を掴んで立たせた。 「え、なに」 「なにも要らないんで走ってください」 「は? なんで走んの」 「お兄さんのこと追い掛けて。今なら間に合います」 「え、え、だから、なんで?」 「伝えた方が良いです」  また余計なことをしている。今度は自覚があった上でそうした。 「兄弟だっていいでしょ、誰が誰を好きになろうが自由なんだから。好きなら好きって言って、自分の気持ちを一番に考えてください」 「……なに言ってんの、俺は別に普通に過ごせて――」 「岳さん、お兄さんのことでちゃんと泣きました? 今って単に気持ちに蓋してるだけじゃないですか?」  言うと岳は黙ってしまった。  図星だったのだろうか。傷付けてしまっただろうか。  綾太は岳の顔を見て居られなくなってその場で彼の体をくるりと反転させゆっくりと背を押した。 「行ってください」  口ではそう伝えて、けれど自分で言い出したことなのに本音は行って欲しくないと思っている。何だろう、この矛盾は。  恐る恐る動き出す岳の足を見て、今なら間に合うのは自分の方で、届かなくなる前に手を掴んで自分の腕の中に収めてしまいたい。  堪えて、綾太は声を絞り出す。 「どうなっても、俺は岳さんのそばに居ますから」 「……慰めてくれんの」 「慰めるようなことにならないかもしれないでしょ」  努めて明るい声を出し、岳の背をもう一度押すと不安げだった足取りが床を踏み締めるみたいにしっかりとしたものに変わる。 「……でも、もしもの時は、岳さんの涙は俺が拭くから」  この声は岳に届いただろうか。  既に岳の手は店のガラス扉の取っ手を押している。シャッターをくぐって外に出て、すぐにその背中は見えなくなった。  岳が店を出てから数分で後悔が押し寄せた。しかしそれも店内の岳の匂いに混じって消えていく。  純也も同じ気持ちだったら、いや、今同じ気持ちじゃなくても想いを告げられて岳を受け入れることに決めたら、素直に祝福出来る――気はしない。  けれども岳の幸せと岳の笑顔を思い出せば綾太の複雑な感情など取るに足らないものだ。 まぁそれでもすぐにニコニコ上機嫌になれるかといえば難しいものではある。 「あー……やべ、泣きそう」  鼻の頭がジンと痛む。  綾太は鼻先を指で摘まんで涙を抑える。今泣くのは早い。けど岳のことで泣けることは分かった。  この恋は間違いではない、岳を好きになって良かったと心から思える。  ガシャ、とシャッターが揺れる音がして、風でも吹いているのかと鼻を押さえたまま店先に目をやる。 「……え?」  何の気なしに視線をやったはずなのに視界に映ったものに驚いてしまう。    それを表現するため綾太は己の限界まで目を見開いた。

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