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第28話(受け視点)

 侮っていたわけではない。  ただ、高校生はまだ子供で、そんな子から学ぶことは何もないと思っていた。  何故なら高校生の頃の自分は好きな男に想い一つ打ち明けられない無力でちっぽけな存在だったからだ。  けれど矢敷綾太という高校生は岳とは違った。  初めて出会った時は思春期特有の刺々しい雰囲気を纏った若者といった印象だったが、反抗期の一言では片付けられない何かがある予感がして嫌われるのを覚悟の上で関わり合いを持った。  案の定、「成長の過程」と無下に出来ない原因があった。母を失った悲しみを吐き出せず、孤独感を深め、しかしそれらを周囲に悟られまいと険しい表情や生意気な態度で隠していたのだ。  カウンセラーになったつもりはないが、岳も母を亡くしており、ゆっくりと涙を流す時間と見守ってくれる存在がどれほど大事か分かっていた。  それらが足りていない綾太に、かつて兄の純也がしてくれたように隣に居て涙を流させてやれば全ての解決に至らなくとも心身に溜まった泥を少しでも洗い流せるのではないかと泣く場所を与えた。  泣き疲れて眠り目を覚ました綾太と母を亡くした頃の自分が同じ種類の人間に見えて、仲間意識から今後緩やかに変化していくであろう彼を大人として見守っていけたら、と考えていたが、岳の予想を遥かに超えたスピードで綾太は成長した。  卵から孵るとよちよち歩きもせずに即走り出すといった具合で変わっていく姿を見て、もしかするとこれが元の綾太で、めざましい変貌を遂げたというよりは元来の姿に戻ったのではないかと思えた。  本人ですら気付いていないであろう変化の審議はともかく、前のままの綾太では商店街でイベントなどとは言い出さなかっただろう。はっきりと口にはしないが、岳に恩義を感じているのは明白だった。  正直、兄的な存在として懐かれているという自覚はあった。それこそ羽化した雛が親鳥を慕うように、何処かで恩を返そうとしている。その必死さが見て取れた。  だからこそ岳が何気なく放った商店街の集客についての悩みを見過ごさなかったのだろう。  時に空回りし、避けていた兄と引き合わされたりもしたが、見守るばかりの子供だと思っていた綾太がイベント提案を切っ掛けにどんどんと周囲を巻き込み大人を引っ張っていく様を間近で見て、同じ時期の、兄への想いを隠し続けていた弱い自分とは明らかに違うと感じた。  元より、岳の伝えてはいけない気持ちと、綾太の商店街を変えたいという思いは一緒にするべきものではないが、自分たちは境遇が似ているから岳が兄を諦めたみたいに綾太も理想の実現の前に立ちはだかる高い壁を見て諦めてしまうのではないかと心の何処かで思っていた。  けれど綾太は成功させてしまった。  イベントもファッションショーでの岳の躓きも全てカバーしてやり遂げた。  綾太の代では叶わなかったが、イベントを提案していた頃に訴えていた商店街で文化祭もいずれは現実のものとなるだろう。  岳の子供時代と同じく母の死を乗り越え切れず泣いていた綾太が自分とは全く違う強い人間だと思い知らされると見守っているだけの立場がもどかしくなった。  足らなくなって欲が出て、自分の想いを隠すために避けていた純也のこともいつの間にか気にならなくなって、目が綾太だけを追い始める。  ただの子供として見ることが出来なくなっていた。  ファッションショーの前に握った綾太の手の温もりが忘れられない。  抱き留められた時の綾太の逞しい腕が頭から離れない。  ショーのあとに菜帆が綾太のところへ行きたいと言った時、言葉では「いいよ」と答えられたのに心から送り出してやることが出来なかった。綾太の隣に立つ存在として菜帆は申し分のない相手で、誰の目から見てもお似合いだ。  敵うはずもない女子相手に嫉妬など見苦しい。  ファッションショーで躓いた件などすっかり忘れて綾太と菜帆の関係が今後どう変化してしまうのかそちらの方が気に掛かり胸の奥が重たくなる。  それなのに綾太本人はイベント終了後に店に来たかと思えば純也を追い掛けろなどと言い出す。  純也に気持ちを伝えるなんて振られて来いと言っているようなものだ。  しかもそんなふうに背中を押すということは岳のことなど何とも思っていない証拠で、突き付けられるように背中を押されたら触れられた部分が針で刺されたみたいにちくちくと痛んだ。  肩や背中にあった綾太の手が離れると前進するより他なく、よろめきながら足を動かした。  純也に好きだったことを伝えて、ありがとうだなんだと礼を言われて、それからどうしろというのだろう。  一歩一歩ガラス戸に近付くと綾太の小さな声が聞こえて来た。 ――もしもの時は岳さんの涙は俺が拭くから。  兄への気持ちはとうに身に溶けて消えたと思っていた。それなのに気付けば綾太に言われた通り岳は走り出していた。

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