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第29話(受け視点)
イベント後、閑散としたアーケード内にスニーカーの音が響く。
純也の後ろ姿を見つけて声を掛けようとするが、その前に足音で気付いた彼が振り返って足を止めた。
「岳!? どうした? あ、俺忘れ物でもしちゃったか」
「ちが、違うっ」
抑え切れない息が次から次へと溢れ出て、終いには咳き込んでしまい純也が背中を撫でてくれる。
優しい手付きに、俺の好きだったものだと岳は密やかに思う。
でも今欲しい物とは違う。だから純也に好きだとは伝えられない。
純也を追い掛けて来たのは確認したいことがあったからだ。それは確かに自分のためであった。
「あのさ、あの、ちょっと前に、てか結構前に好きな人が居たんだよね。けど俺のことなんて全く好きじゃなさそうだし、諦めたっつーか諦めた振りして自分の気持ちに蓋してたんだけど、最近その人とは別の奴気になって、そいつも俺のこと全然好きそうじゃないんだけど、なんかそいつには頑張ってみようかなって思えるというか、なんで前の人の時は思えなかったのにそいつのことは諦める気になんないんだろって」
息を切らして走って来た理由が恋愛相談とは。
純也は呆気に取られつつも、うーん、と鼻を鳴らして真剣に考えてくれている。
「単に前の人よりも今の人の方が好きだからじゃないか」
「でも前の人には立場上堂々と好きって言えなかったから諦めるしかなかったようなとこあって……」
「立場なんて関係ないと思うけどな。諦めたくないっていうパワーが湧くってことはより強い感情な気がする。前の人の時は理性が働いてたけど今度の人の場合は譲れないなにかがあるんじゃないか」
「……ああ、うん……さすが兄ちゃん、市議会議員だけのことはある」
「市議会議員は関係ないだろ」
大真面目に答える必要などないのに何処までも誠実な純也を好きになって良かったと思う。
と同時にやはり子供の頃に生まれた恋心が既に己の中で消化されていることを確認する。
今、この場に自分の心を渡したいと思う人は居ない。
今すぐ、自分の気持ちが在るところに戻りたい。
岳は引き返そうとその場でかかとを踏み鳴らし、純也に「今週は実家帰るわ。父さんにも伝えといて」と言って手を振り即座に踵を返した。
綾太が待ってくれているであろう自分の店へと再び走って戻る。
夏の夜の暑苦しい空気が全身に纏わりついて動きにくいのに純也を追い掛けていた時よりも足が速くなったように感じる。
がむしゃらに格好悪くアーケードを走っていると純也を想っている時にはなかった自分への愛おしさが湧いて来る。それごと全て綾太に渡したい。
半分閉まったシャッターを手で持ってくぐるとガシャッと音が立つ。
岳がこんな短時間で戻って来るとは思わなかったのだろう、ガラス戸の向こうの綾太は驚いた顔で突っ立っている。
何故鼻を摘まんでいるのか分からないが、今はその理由を問う余裕がない。
「綾太」
店内に入って名前を呼ぶと綾太が、うん、と頭を上下に動かす。
走り寄ると両腕を開いて、ここに来いと示してくれた。
抱き付いて良いのだろうか。
期待してしまうが、綾太はそれで構わないのだろうか。
「岳さん」
綾太の声は優しく、余計な思考ごと全てを包み込んでくれるようだった。
だから岳は遠慮せず綾太の腕に飛び込んだ。
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