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第1章 いつもと変わらない日常だったはずなのに……1
ビーチサンダルを履いた足で石づくりの階段を上る。夏の太陽の日差しが肌をジリジリと焼き、全身汗がふき出す。桜の木についた葉が風に揺られ、音を立てる。
階段を上った先には頭に耳の生えた子どもたちや二足歩行のきつね一本足の生えた唐傘にひとつ目の提灯、浴衣を着た子どもたちがすでに待っていた。
小さな子どもの姿をした僕は、妖怪の子どもたちのもとへ駆け寄った。
「遅いぞ、律。待ちくたびれたぞ」と声があがり、「ごめん、ごめん」と謝りながら輪に加わる。
子どもたちの顔は真っ黒なクレヨンでも塗ったかのように、あるいは真っ黒のお面でもかぶっているかのようで判別できない。でも不思議と恐怖感や違和感はなかった。
「それじゃあ、みんな集まったね。何する?」と金魚模様の浴衣を着た女の子が首をかしげる。
子どもたちと異形の物体は「鬼ごっこ」「缶蹴り」「かごめかごめ」「かくれんぼ」「だるまさんが転んだ」と次々に遊びの名前をあげていく。
多数決で決めようとなり、Ωで運動が苦手な僕は、かくれんぼで手を挙げた。続いて、じゃんけんで鬼の役を決めることになった。
鬼は、白い耳が頭から生え、おしりにふさふさのしっぽを生やした男の子だ。
数を数え始め、みんな蜘 蛛 の子を散らすように隠れる場所をさがし出した。
僕はお社のそばの草むらで腰を落とし、息を殺した。
見つかってしまうかもしれないスリルと、本当に見つけてもらえるのかという不安がないまぜになる胸が鼓動を打つ。
「律、みーっけ!」
「ええっ!? もう見つかっちゃったの?」
立ち上がり、鬼になった銀髪の子の周りを見る。
どうやら僕が一番最初の発見者らしい。
「おまえ、いつもわかりやすいところにいるから見つけやすいんだよ」
「ねえ、●さん」と彼の名前を呼んだ。「どうして、いつも僕を見つけてくれるの?」
だって友だちのいない僕は、小学校の休み時間にかくれんぼに参加しても、見つけてくれる人なんて誰もいなかったから。家だけでなく、外でも影が薄いと存在を忘れられていたのだ。
「当然だろ。だってオレは、おまえの——」
そこで目覚ましのけたたましい音がして目を覚ました。
あくびを噛み殺し、せんべい布団から身を起こす。
カーテンを開き、まだ薄暗い外を眺めながら、両手上げ、のびをひとつする。
「おはよう、僕。今日も一日がんばろうね」
毎日声に出している決まり文句を口にし、ときたま見る不思議な夢を久々に見たなと心の中でつぶやき、洗面所へと向かう。
——高校卒業を機に家を出て、大学進学の道を選ばず、高卒で就職する道を選んだ。
就職氷河期の世代でもないのに、二百通ほどの履歴書を書き、百社近くの企業面接を落ちた。が、下手な鉄砲も数打ちゃあたる。
見事、喫茶店の厨 房 で正社員として働けることになった。今年で三年目だ。
両親や弟とは家を出た日以来、音信不通。
美少年で勉強もできた大翔のことだ。きっとαの男女からモテ、βの友だちもたくさんできて、サークルなんかの飲み会にも引っ張りだこでキャンパスライフを謳 歌 しているだろう。
下級Ωで勉強もろくすっぽできない、コミュニケーション能力も備わっていなくて人と話すのがへた。知り合いや仕事仲間から飲み会に誘われたことが一度もない僕には、縁のない世界だ。
パジャマを脱ぎ、ペールグリーンの半袖パーカーに黒のスラックスを合わせ、スマホと財布を後ろのポケットに突っ込んだ。くたびれた白のスニーカーへと足を通す。
「行ってきます」とひとり言を口にするかのように言って鍵を施錠する。
早朝で人の少ない電車は快適だ。満員電車に乗ってギュウギュウの寿司詰め状態にならなくて済む。赤紫色のくたびれた椅子に座り、向かいの席や隣の席の人間を観察する。
手帳とペンを手にしているビジネスマンや、ひざに乗せたノートパソコンに文字を打ち込むキャリアウーマン。朝読書をしたり、単語帳をめくっている高校生の姿を目にしながら揺られること十五分。
職場近くの駅で下車し、階段を上る。スマホに入れてある交通系ICアプリを使って改札を抜ける。階段を下り、「カフェ・りんごの木」とりんごの絵が描かれた立て看板がある場所へと歩を進める。木のドアを解錠して押し開けば、チリンチリンとベルが鳴る。
「おはようございます」
掃除担当の早朝アルバイトをやっている四十代子持ちの主婦と、ホール担当の大学生パートの男が機械的に返事をする。
スタッフルームへ行き、服を着替え、タイムカードを押す。手の洗浄と消毒を終え、僕は包丁を手にし、仕込みへ入る。無心で野菜をリズムよく刻み、サラダの材料を作る。
最低限の会話をして後は作業に集中するだけ。
仕事をするのが嫌いだって人もいるけど、僕はこの時間が大好きだ。手や身体を動かしていれば、昔のいやな記憶を思い出さずに済む。これからの先行きの見えない将来なんかを忘れられる。たとえ過去の記憶を思い出したり、いやな考えがよぎっても、料理をしたり、皿洗いをしていると気がまぎれる。
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