4 / 30

第1章 いつもと変わらない日常だったはずなのに……3

 状況が読み込めず、頬(ほほ)や口もとの筋肉が引きつるのを感じながら男の顔を凝視する。  そうして蜜や社家の人間が書いた手紙を渡され、目を通したのだ。 「でしたら一ヵ月ごとに決まった額をお支払いする形で、ご勘弁いただけないでしょうか」  僕にとっては身体を売って働くのだけは、なんとしても阻止したかった。  男たちの前から逃げることはできない。だったら地道にコツコツ長い時間をかけて、堅実に支払っていくことで誠意を見せようと思ったのだ。 「悠長なやつだなあ。借金には利子が発生するんだぞ」 「俺らが棺(かん)桶(おけ)に入るのを待って踏み倒すつもり?」  傍らに立つ男たちが険のある声で告げる。 「違います。もう少ししたら夏のボーナスが入ります。大企業に勤めているわけではないし、まだ入社三年目なので微々たるものですが、借金返済にあてるつもりです。借金を死ぬまでには払い終える意思があると思っていただければ幸いです」 「どうやら自分の立場ってもんが、わかってねえらしいな」  柳田さんが立ち上がる。腰をかがめ、机越しに僕の顔を顔を覗(のぞ)き込んできた。  ニコチンと甘ったるいフローラルの香水、相性の悪いフェロモンに鼻が曲がりそうだ。 「おまえに残された道はふたつだけ。臓器を売るか、風俗で働くかだ」 「なんでですか? お金を返せば済む話のはず……手段は、なんだっていいでしょ!?」  ほかのお客様がいるのも忘れて、気がついたら、なかば叫ぶように声を荒げていた。心臓がいやな音を立て、身体が勝手に震える。  すると三人の男たちは、弱者がいたぶられる姿を見て歓喜する鬼畜のように、下卑た笑いをする。 「親に売られてヤクザの商売道具になったんだよ。痛い思いをしたくなきゃαの男どもに媚(こ)びを売ることだな。どっちの道に進むかは、もう決まってるも同然だろうが、仕事につくときは名刺に書いてある番号に連絡をくれ」  まっすぐ立ち上がり、いつの間にか机の隅に置かれていた伝票を手に取る。 「会計は俺が済ませとく。祝い金代わりだ」 「赤ん坊ができても安心しろよ。堕胎のうまい産婦人科を紹介するぜ」 「慣れたら、おれらにもサービスしろよ。全身ザーメンまみれにしてやるからさ!」  そうして男たちのバカ笑いが聞こえ、ベルの小さな音が鳴り、木製のドアが乱暴に閉められた。

ともだちにシェアしよう!