5 / 6

第2章 忘れられない孤独と家族のぬくもり1

『えらいわね、大翔! 今回も全教科、百点だなんて』と母さんが頬をほころばせ、小学生の大翔を抱きしめた。 『全国統一模試でも一位を取ったんだって? すごいな! 今夜はステーキでも食べに行くか!?』  父さんがの嬉々とした声で言い、大きな手で頭を撫でると『やったあ!』  大翔が、うさぎみたいにぴょんぴょん周りを飛び跳ねた。 『ねえねえ、お父さん、お母さん。大好物のいちごパフェも食べていい!?』 『もちろんよ。苦手な体育の成績だって、がんばって三を維持してるし、運動会のかけっこでも二位でがんばったもの』 『そっ、まるでナマケモノそっくりな誰かさんとは大違いだ』  父さんの直球ストレートなイヤミを受ける。  いつも運動会のかけっこは万年ビリ。体育の成績は毎回電線棒だ。悔しさから十五点と書かれたテストの答案用紙を握りしめた。 『お兄ちゃんも、もっと勉強をがんばればいいのに』 『いいのよ、大翔。律のことは放っておきましょう。なんの努力もできないで、いつもだらしないんだから』  僕が「無能」だっていうのなら、どうして下級Ωの子どもを生む決意をしたの? と正直、お母さんに訊きたかった。  でも口をついて出そうになった言葉を無理やり飲み込んだ。  下級ΩはΩの中で、もっとも抑制剤の効き目が少ない。発情期(ヒート)も、ひどい生理痛に悩まされている女性並みに大変だ。それなのに学校の先生は、休むのが悪いの一点張り。配慮なんて何もしてくれない。勉強に集中できない期間があっても自己責任で丸投げだ。  そもそも、もっと下級Ωにも効く抑制剤がこの世に存在しないのが問題なんじゃないだろうか。  僕だけが悪いんじゃない。同じ苦しみを抱えている人は日本や世界にたくさんいる。  声なき声が無視されたり、解決するための糸口が見つからない・見つけられていないことがいけないんだと思う。 『今回は発情期と重なっちゃったから勉強になかなか集中できなくて……中学生の勉強って難しいし。大翔だって、もっと大きくなれば、僕の苦しみが少しは理解できるようになるよ。子どもだから気楽でいられるんだ!』 『ああ、もう、うるさいわね。お兄ちゃんが弟の成功をひがんだり、ねたんだりするなんて性格が悪いわよ』  お母さんは僕のほうを一瞥せずに大翔の小さな手を引き、早足で廊下を歩いていく。車の鍵を手にし、ドアをふたりのために開けていたお父さんが振り返る。眉がつり上がって般若みたいな顔をして怒っていた。 『罰として、おまえは、ひとりで留守番だ。人の努力をバカにするなんて、ろくな大人にならないぞ!』  大きな音を立ててドアが閉められる。ついでエンジンのかかる音がした。駐車場が一望できる大きな窓から黒のセダン車が遠ざかっていき、胡麻のように小さくなっていく姿が見えた。  ……僕が小学生のとき、テストで百点を取っても「あっ、そ」の一言で終わりだった。誕生日にどこかへ出かけたり、ケーキやプレゼントを買ってもらったことは一度だってない。三人が旅行するときだって僕だけ、この家で居残りだ。 『同じ母親と父親の子なのに、下級Ωっていうだけで、どうしてこんなに待遇が違うんだろう』と、ひとり愚痴をこぼす。  玄関のチャイムが鳴る。回覧板をご近所さんが回しに来たのかなとドアを開ける。 『律、元気にしとったか?』 『おじいちゃん、来てくれたの!?』  杖をつき、腰の曲がった老人の登場に僕は地獄に仏の気分になった。すぐさまドアを開き、おじいちゃんを家の中へ招いた。 『また、おまえだけ居残りか』 『……仕方ないよ。僕、あんまり点数よくなかったし』  これ以上心配をかけたくなくて作り笑顔を浮かべる。  おじいちゃんは杖を置き、くつを脱いで上がると机の上にあった答案用紙を手に取った。 『もちろん勉強するのは大事なことだ。この世の中を生きていったり、仕事をする上で大切なことも数あるだろう。だがエリートコースを目指すため、いい点を取ることだけが目的となっては本末転倒だ。教科書ではない本や人との会話で学べることだって多くある』と含蓄のある言葉を口にする。『ほれ、おまえの好きなチョコでできたケーキだ。食べて元気を出せ』  手渡された白い箱を開けてみれば、中にはオペラにガトーショコラ、フォンダンショコラとチョコムースケーキが入っていた。 『全部、食べたら食べすぎになっちゃうよ!』 『育ち盛りの中学生だ。食べられるぶんだけ食べればいい。おまえの両親と大翔は、下級Ωのおれを毛嫌いしてるからな。介護が必要になれば介護施設の職員に任せるだろう』 『だったら僕が、おじいちゃんの面倒を見るよ!』  本心から、そう言ったら『バカを言うな』と諌められてしまった。『ヤングケアラーになって、どうする? 学校に通いながらの介護は大変だ。下級Ωのおまえが高校を出ず中卒になれば、さがせる職は、ますます少なくなるんだぞ』 『でも——』 『おれのことは心配するな。律、おまえは自分のやりたいことをやれる道へ進めばいい』

ともだちにシェアしよう!