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第3章 SMクラブで素人M男デビュー!?1

「おい、ぼうっとしてないで、さっさと行けよ」  はっと意識を取り戻し、顔を上げた。  おじいちゃんのことを思い出していた僕は今、柳田さんの運転する黒いバンの後部座席に座っている。  ライターを手に取り、紙タバコに火をつける彼の動作をじっと見つめる。 「今日が初研修の日だ。さっさと慣れて稼げるようになれよ。おまえみたいな容姿が平凡なやつは売れ行きが悪いんだからな。あーあ、弟くんみたいな美少年だったらよかったのに。愛嬌よくししろよ」とストレートに苦言を呈される。  どうせ僕は、大翔と違って容姿もよくなければ、人あたりのよさもありませんよと心の中で愚痴り、ひざの上にある両の拳を握りしめた。 「……っ、わかってますよ」 「だったら、その重い腰を上げて、さっさと店ん中に入れよ」  そうして車を出て、さびれた小さなビルの中へと足を踏み込んだ。  中は赤いカーテンが引かれ、薄暗い。照明のあかりがいくつかついた黒い部屋の中に入る。壁際にはムチや手錠、赤縄といった拘束具が飾られている。  恰幅のいい男性がひとり店内に立っていた。この店の店長あるいはオーナーだろうか? 「待ってましたよ、柳田さん。その子が新しく入る子ですね」 「ああ、社律。今日で二十歳になるそうだ」  柳田さんの話から自分が今日、誕生日を迎えることを思い出す。  生まれた日を忘れるくらい、あの後、大変だった。  仕事をやめる手続きに定額貯金の解約、住んでいたマンションから格安アパートへの引っ越し準備と慌ただしかったのだ。 「なるほどね。見るからに、そこら辺の通行人Aって感じの見た目だ。Ωでなくβって言われたほうが、しっくり来るね」 「だろ。こんなんじゃ普通の店じゃ売りもんにならねえ。だから、ここで頼みたいんだよ」  ふたりは僕の意思など無視して話をどんどん進めていった。  話に割って入れるような雰囲気じゃなかったけど、勇気を出して声をかけることにした。 「あの!」 「なんだよ?」「何かな?」とふたりの視線が僕のほうへ向かう。 「ここはいったい、どういったお店なんですか?」 「ここはSMクラブだ」 「SM……」 「サディストとマゾヒストの出会う場で、ソフトからハードまでのプレイ選び放題。本番アリのお店だよ。ぼくが店長」  頭が思わずクラクラした。  性的なことにあまり興味がない青春時代を過ごした僕でも内容を理解できる。 「本番アリって性行為ありってことですよね。それって違法なんじゃないですか?」  訊こうと思ったけど口をつぐんだ。  夜の世界の事情なんてよく知らないし、たとえ違法じゃなくてもヤクザ関係が絡んでいる店だ。何を言ったところで表の世界の道理は通用しないだろう。  そうでなければ五億の借金を、風俗で身体を売ることにより返済する話が持ち上がったりしなかったはずだ。 「それで今日、僕は何をすればいいんですか?」 「実地研修」 「素人M男としてデビューするための練習だ」  やはり、そうか。  ここまで発情期を起こしても家やアパートで休めたり、病院で薬を投与してもらう形で、貞操の危機を逃れてきた。  だが、その運も尽きたのだから、いよいよ覚悟を決めなくてはいけない。  せめて最初の相手が、恋人である蜜だったらよかったのにと途方に暮れても、もう何もかもが遅いのだ。  それでも、やりたくないものは、やりたくないという気持ちはある。好きでもない人に身体を触られるなんて冗談じゃない。 「申し訳ないんですが、ここで下働きをする形で許していただけませんか。皿洗いや掃除、洗濯なんでもします」 「じゃあ臓器を売るってことでいいんだな。とりあえず目玉か睾丸でも売るか?」 「……いえ、なんでもありません」  身体の一部を切り売りすると聞いただけで恐ろしくなり、一瞬にして気が変わってしまう、弱気な自分に嫌気がさす。 「大丈夫だよ。ぼくが、ちゃんとお店に出ても平気なように調教してあげるから」 「ほら、返事しな」 「……よろしくお願いします」  気乗りしなくても挨拶しなくてはいけない状況に辟易する。  怒らせると怖い柳田さんに頼ることなどできない今、この店長だけが唯一救いの神みたいなものだ。 「はい、よろしく。それじゃあ、まずはこの衣装に着替えてね」  手渡されたのは赤色のすけたベビードールだった。  何かの間違いかと思ったけど、男ふたりの有無を言わさぬ圧力に本気だと悟る。 「これに着替えろというんですね」 「それ以外にないぞ。それとも真っ裸で接客するつもりか?」 「ボンテージ衣装がよかったかな? でも律くんには難易度の高い仕事は割り振れないしね。それを着たらさっそく研修だよ」 「はい……」  小声で返事をして着替え場所を教わる。 「俺は、ほかの子の出勤があるから、じゃあな」と柳田さんが店を後にした。  裸同然の衣装を身にまとい、前に出る。  すると店長が人のよさ気な愛想笑いを浮かべた。 「いいね、似合ってるよ」 「……ありがとうございます」 「礼儀正しくあるのはもちろんだけど、律くん、笑顔、笑顔。笑顔じゃないとお客様もいい印象を持たないよ」

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