9 / 17

第4章 危機一髪! ヤクザと深夜のかくれんぼ

 店の近くは、たまたま子どもの頃からおじいちゃんと通っていた神社がある。神や仏を信じているわけじゃないけど今日だけは信じることにして、朝まで過ごそうと木陰で息を整える。 「こんなときに昔のこと思い出すなんて……どうかしてる。警察に……相談したほうが、よかったかも……」 『——律、つらいことがあったら、お稲荷さんにお話するんだよ』 『お寿司の?』 『違う、違う。きつねを従えた神様だ』  おじいちゃんは子どもの僕の手を引いて、石でできた階段を上っていく。 『お稲荷さんは、商売に衣食住、縁結び、なんでも願いをかなえてくれるんだ』 『ふーん、すごいね』  話の内容がピンと来ない僕は適当に相づちを打った。  おじいちゃんは前を向いたまま『ああ、そうさ』と快活に笑う。『じいちゃんはな、律が笑っていると胸が温かくなって、とても幸せな気持ちになれるんだ』 『僕も! おじいちゃん、大好き。ずっと、そばにいてね』 『それはできないな。いずれ、お迎えが来るから』 『お迎えってタクシー? だったら運転手さんに遅く来てもらわなくちゃだね』 『そうだね。……律、悲しいときは、この神社へ来るんだよ。苦しく、つらいことがあっても投げやりにしない。じいちゃんと約束だ』 『うん!』 「……おじいちゃん」  近くでエンジン音がして僕は口を閉ざし、木の葉の陰から様子を伺った。  見れば柳田さんと舎弟のふたりが円を描くように丸く集まっていた。 「いたか?」 「いえ、見あたらないッス」 「こっちもです」 「そう遠くへは行ってないはずだ。裸同然の男が助けを求めても不審者としてサツに突き出されるからな。所持金もゼロで袋のネズミさ」  鳥肌の立った両腕をさする。  あらかじめ財布や服を駅前のロッカーに入れておけばよかったなと心の中で舌打ちをする。 「さすが兄貴。やつの動きが手に取るようにわかるんッスね」 「けど研修初日に逃げ出すなんざ、とんでもねえガキですね。足の指でも詰めてやろうか」  悲鳴を上げそうになり、口と鼻を手で覆う。  心臓が早鐘を打ち、真冬でもないのに全身がガタガタ震えた。 「家畜と変わらねえ下級オメガなんスよ」 「ここで甘やかすと将来つけあがりますって」  舎弟の男たちが不満気に文句を口にするが、柳田さんはケラケラ楽しそうに笑った。 「まあ、そうカッカすんなよ。凡庸でなんも悪いことはしてきてませんって顔が恐怖で(ゆが)めば、一部の好事家たちは(ぼっ)()もんだ。嗜虐(しぎゃく)趣味の変態アルファが大枚をはたいて(おお)(もう)けできるぜ」  ()(わい)な言葉と恐ろしい内容に頭がクラクラする。  家族に捨てられ、逃走資金もなければ、友だちもいないひとりぼっち。一時的には逃げられても、すぐに捕まって店へ逆戻りだ。  木に打ちつけられた(わら)人形に刺さっている五寸(くぎ)を抜き、目を向けた。  この釘で首を刺せば、おじいちゃんのいるあの世へ行けるかな? と希死念慮から死ぬことを真剣に考え、五寸釘を首筋へあてがう。 「親分、木の影に隠れてますぜ!」  とっさに石の階段を素足のまま全速力で駆け上った。  ――神様、仏様なんて、この世にいない。だから困っているときに助けてくれる彼氏の蜜に見捨てられた。魂の(つがい)であるアルファとも今日まで出会えなかったんだ。  生まれたときから今日まで、ろくな人生じゃなかった。せめて、大好きなおじいちゃんと子どもの(ころ)からお参りした、この神社で死にたい。この場で消えてなくなりたかった。  赤い鳥居をくぐり抜け、参道を走る。いつも手を合わせているお(やしろ)へ後一歩のところで柳田さんに手首を(つか)まれた。 「離して!」  釘を振り回すけど、すぐに取り上げられ、地面へ投げ捨てられてしまう。 「逃げられると思ったら大間違いだぜ」 「いや……いやです。借金地獄で風俗で働くくらいなら、いっそ、この場で殺してください」 「それは無理なお願いだ。死ぬ勇気があるなら臓器を売る勇気だってあるだろ?」 「それは……」  答えに窮していると「なんだ、これは!?」  急に柳田さんが(ろう)(ばい)する。  僕らの周りに無数の青い火が飛び交っていた。  鳥居が一本二本とアメーバが分裂するみたいに増え、階段を上っていた下っ端ふたりの姿が、あっという間に見えなくなる。  コーンと甲高い声が境内のほうからすると、白いきつねがどこからともなく姿を現し、地面に座った。 「化け物め!」  男が胸元から取り出した(けん)(じゅう)を向けると、お社の扉が勢いよく開き、巨大掃除機のように僕と柳田さんを吸い込んだ。

ともだちにシェアしよう!