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第5章 あやかしの世界

 目を覚ますと見知らぬ天井があった。  まるで高級ホテルや病院のVIPルームみたいな部屋だなと身を起こす。  ドアの前まで小走りで行き、ドアノブを回したけど、外から(かぎ)がかかっていて、まったく開かない。  どうしよう……二階や三階だったら窓から逃げられるよね?  アイボリーカラーのカーテンを横に引っ張っる。  窓の外には――ほうきに(またが)った人がせわしなく風を切り、黒い羽根を生やした(てん)()たちが追いかけている。  アニメや漫画で見た一反木綿が空を飛び、普通のカラスとともに三本足のある一回り大きなカラスや三つ目の鳥が羽ばたいていく。  急いでカーテンを引き直し、口から飛び出しそうな心臓をなだめることに専念すべく目を閉じ、数字を数える。 「お目覚めですか?」  目を開けると足のない半透明の身体をした初老の男が立っていた。 「ゆ、ゆ、ゆっ、幽霊!?」 「人に向かって指を差すとは、どういう了見だ」  声のした足もとへ目線を落とせば、パグに似たヒゲヅラの男がいた。顔は人間だが首から下は完全に犬だ。 「そうよ。お礼もなしなんて部長に失礼じゃない」  頭を上げれば、蛇のように首の長い女の人の顔が眼前にあった。  僕は石のように固まり、ふたたび意識を飛ばした。 「はい、どうぞ」 「……ありがとうございます」  毛布を羽織ってベッドに腰掛け、紙コップに入ったホットレモンティーを受け取る。  彼らの言葉が正しければ、僕は異世界へ(つな)がる入り口(ゲート)の側にいたせいで、並行世界の地球(パラレルワールド)へ来てしまったとのことだ。  神仏や(よう)(かい)に幽霊、魔物や天使、悪魔が人間と共生しているところが僕のいた世界との大きな違い。逆に僕のいた世界と類似点も多くあり、バース性も、そのひとつである。 「不安そうね」と声をかけられる。 「いきなり異世界の話をされたら不安にもなりますよ。僕の頭が、おかしくなって幻覚でも見ているほうが、まともです」 「大丈夫だ。わたしたちは幻なんかじゃない。ロボットやドッキリの企画で作られた偽りのものとは違う。本物だ」と身体がパグの部長さんが犬の足で耳を掻いた。 「それか神社でヤクザにリンチされてお陀仏状態だから、あの世(ここ)にいると説明を受けたほうが、よっぽどしっくりきます」 「安心して、ここは、死後の世界じゃないわよ。あなたは確かに生きてる。九割方の人間はね、異世界であるこの世界に来ても、ある一定期間を過ごしたら、もとの世界に戻っちゃうのよ。異世界探索とか侵略なんかの話もなし。もとの世界に帰ると別世界である、この場所で過ごした記憶を全部忘れちゃうみたいなの」 「とりあえず、きみの名前や住所を書いてもらえないか?」  犬のおまわりさん、もとい部長さんが()()に飛び乗り、ろくろ首さんが持ってきたバインダーを机の上から持ってきた。  警察を名乗る彼らに疑いの眼差しを向けたら、「あなたのいた世界と同じではないかもしれませんが」と三人が胸ポケットから黒い警察手帳を取り出した。 「僕のいた世界の駐在署や警察署は、もっと無味乾燥な建物です。こんな豪華な場所へ人間を通しません」と答える。「つまり、あなたたちは警察の名を騙る怪しい一団、ということになります」  しかめっ面をしていたら、部長さんが真剣な顔つきで口を開く。 「それは――きみが(まれ)(びと)のΩだからだ」 「稀人?」  初めて聞く単語に首をかしげる。 「はい、この世界で人間のΩは貴重な存在なんですよ」 「そんな話……」  信じられないと続けて言うつもりだった。  だって僕のいた世界ではΩは差別の対象だったからだ。それはαの男児を授かる確率がほぼ百パーセントである上級Ωでも変わらない。下級Ωなんて、ひどければ人間扱いされないと来た。  発情期というめんどくさいものがあるせいで、定期的に学校や会社を休み、普通の生活を送るのすら難しい状況になってしまう弱点があるからだ。 「信じられないわよね。あなたがいた世界と、この世界がどんなに似たものでも似て非なるものであるから。でもね、この世界では、人間のΩは唯一、人間と、あやかしの混血児である半妖を生める大切な存在なのよ」 「半妖?」  これまた新単語だ。 「そう! 半妖は人間でも、あやかしでもないけど人間と、あやかしの心を持つ子どもよ。だから、きみみたいに異世界から来たΩは大切なお客様として、おもてなししたり、丁重に扱わないといけないことになっているの」  (うそ)みたいな話で頭が痛くなってくる。あまりにも僕のいた世界と異なる常識に理解が追いつかない。  うんうんうなり声をあげていると部長さんが「ただし」と(すご)んだ表情で迫ってくる。「五十歳までに番が見つからず、もとの世界にも帰れなかった稀人は処刑される決まりがある」   ……なんだ、やっぱりこの世界も根本的には同じなんだ、と自嘲(じちょう)気味に笑う。 「つまり僕は保護された犬猫やと同じなんですね。引き取り手が見つからず時間だけ過ぎれば、最終的に殺処分の運命」 「処刑といっても、この世界に害を与える人間だったらって話よ。言ったでしょ? 大概の人間は、もとの世界に戻るって」  もとの場所へ戻ったら、身体を切り刻んでる臓器を売るか、何百人の男たちと日夜寝るかして億単位の金を稼がなくてはならない。  僕の帰りを待つ家族や友だちはいないし、助けてくれる人もいない。  帰る場所なんて、どこにもないんだ。

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