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第6章 妖怪αの番に指名されてしまいました

 扉がけたたましい音を立てて開かれる。 「律!」  背中に大きな白い尻尾、頭にはふわふわした白い耳が生えた美形を前にして、僕の心臓は壊れそうなくらい高鳴った。初めてであったはずの人なのに、どうして?  蜜という恋人と不本意な形で関係が終わったばかりなのに、目の前の妖怪(ひと)が気になってしまう。  顔立ちも、体つきも、声もすごく魅力的で僕のハートをピンポイントで射抜くくらい、かっこいい。 「(てん)坊っちゃん、お早いご登場ですね」  幽霊さんが口もとをほころばせる。 「うるせえ、なんか文句あっか!?」  ゆでダコのような顔をした彼が語気を強め、返事をする。 「いえ、魂の番である方が目を覚めましたよ」 「そうか! 久しぶりだな、律……律?」 「あなたは……(だれ)、ですか?」  男の人は()(はく)色の(ひとみ)を見開き、形のいい唇をわななかせた。 「何も覚えてねえのか? オレを見て何か思い出さねえか!?」 「天さん、律さんは、精神的ショックを受けて混乱しているの」  神妙な顔つきをして天と呼ばれる妖怪が「精神的ショック」とオウム返しをする。「……部長、説明をお願いします」 「律くんは、ご両親の借金を肩代わりさせられて風俗で働くよう強要されたんだ。店から逃げたらヤクザに追われ、その途中で、この世界へ転移した。だから頭が混乱していて天坊っちゃんのことも思い出せないでいるってわけだ」  男の人は、今にも泣きそうな顔をして僕を見つめる。 「律、そんなつらく悲しい目にあっていたのか。よくここまで逃げてきたな。無事でよかった」  彼の言葉を聞いた瞬間、目頭が熱くなり、ぽろっと涙がこぼれ落ちた。気がつくと僕は見ず知らずの妖怪・天さんに——迷子になった子どもが保護者を見つけたみたいに抱きついたのだ。  最初は身体を硬直させていた彼の(たくま)しい腕が、ぎこちなく背中へ回る。  ペパーミントの清々しく(さわ)やかな香りは、どこか懐かしくて安心するものだった。  いつの間にか部屋には僕と天さんのふたりきりになっていた。 「天、さん」 「なんだ?」  熱い眼差しを向けられて心臓が大きく鼓動を打つ。 「あなたは何者なんですか……?」 「オレは、おまえの魂の番であるアルファだ。てめえをこの世界で幸せにするって誓った白狐(びゃっこ)の天。何も覚えてねえおまえに、こんなことを言っても意味ねえが――オレのそばにいてくれないか、律」 「そんな……僕なんて、なんの役にも立ちませんよ。それに僕たち出会ったばかりだし……」 「役に立たないわけないだろ。それに出会ったばかりじゃねえよ」と額に口づけられ、大きく心臓が脈打つ。  キスは初めてじゃない。唇と唇を触れ合わせるものなら蜜としたことがある。でも、こんなに胸がときめいたことは一度だってなかった、 「俺とおまえは子どもの頃に会ってる。おまえはじいさんとに連れられて稲荷神社から、ここへ何度もやってきたんだ」  そこでふと何十回も見た、かくれんぼの夢を思い出す。もしかしたら夢の中で遊んでいた子は、友だちのいない僕が作り出した幻想や幻影じゃなくて、「天さん」や彼の知り合いなのかもと思い至る。 「……でも、いい」 「えっ?」 「おまえがオレのことを覚えてねえっつーなら、それはそれで構わねえ。また最初から関係を構築してオレを好きになってもらうだけだからな」  腕の力が弱まり、天さんのスベスベした右手が頬に触れる。 「向こうの世界で好きなやつやつきあってたやつがいたかどうかなんて知らねえ。今からおまえはオレの番だ。てめえのうなじを噛む相手はオレだ。誰にも渡さねえ! 反論は許さねえからな」 「そんな理不尽な」と拒む余地もあった。  なんてゴーイング・マイ・ウェイな発言だろう。それなのに魔法にかかったかのように、彼の言葉をうれしいと感じてしまったのだ。

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