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第7章 異世界に来て最初の発情期1

 突如として背中から頭部にかけて電流が走る。  僕は天さんの肩に額を押しつけ、熱い息を吐いた。  ――発情期だ。  いつもはグルグルとこもった熱が身体の中を暴れ回り、気を失うくらいの苦痛を味わう。  でも今回は違う。  入浴剤入りの温かいお湯や温泉に浸かっているみたいに心地いい。  頭では「出会って間もない怪しい人物を信用すべきじゃない」と警戒しているのに、本能は彼が魂の番だと僕に告げる。   「このレモンの香り……」  天さんは僕の両腕を掴み、引き()がした。 「待ってろ。あいつらに抑制剤を持ってくるよう頼んで、オレも抑制剤を飲んでくる。絶対に、ここから出るんじゃねえぞ」 「天さん、待って」 「なんだ、巣作りしたいのか?」と、とんちんかんな発言を彼はした。「ここはオレんちじゃねえから、これで我慢してくれよ」  灰色の背広をつっけんどんに渡される。  彼のフェロモンがたっぷりつき、体温の残った上着を受け取ると、木陰でまどろんでいるような気分になった。  でも、これは僕が本当に求めているものじゃない。 「うわっ!」  (きびす)を返し、部屋を出ていこうとする彼の背中へ抱きつく。腕の中にあった上着がカーペットの床へ落ちた。 「どうした、律? っ!」  背伸びをして、振り返った彼の唇へキスしようとしたら、彼の(あご)に歯を強打した。  痛みに(もん)(ぜつ)し、うずくまっていたら、「おい、大丈夫か!?」と左肩を揺さぶられる。  顔をおもむろに上げ、(まゆ)を八の字にしている天さんを見上げる。 「僕はあなたも、この世界のことも、何も知りません。まったく覚えていないんです。だけど、あなたは僕を知っている。まだ名前を名乗っていなかったのに『律』って呼びました」  息を詰めた彼は視線をさまよわせてから、やさしい笑みを浮かべた。 「当たり前だろ。ガキのときに出会ってるんだ。顔つきや身体つきは大人っぽくなって変わっても、Ωであるおまえのフェロモンは変わらねえ。絶対に間違えたりするもんか。魂の番である律のことをオレが忘れるわけねえだろ」  じっとり汗ばんで熱を持った、一回り大きな手を握る。嫌悪感を感じるどころか、まるであつらえたみたいにピッタリ肌になじんだ。  このぬくもりを知っている。確かに覚えている。  子どもの頃、何度も手をつないだと身体が教えてくれる。 「あなたと僕は、以前どこかで会っていますね」 「あのな律、」 「おじいちゃんが子どもだった僕を連れて、この世界へ来ていたのが(うそ)じゃなく事実だとします。だとしたら、どうしてこの場所へ戻ってきたのに、僕は何も思い出せないんでしょうか」  涙がにじむ。右も、左もわからない真っ暗闇な世界にひとりでいて、このまま飲み込まれてしまいそうだ。 「泣くな」  手を握り返され、彼の整った顔が近づく。マシュマロみたいにやわらかいものが唇に触れた。  天さんにキスをされたのだ。気持ち悪さや不快感を感じない。むしろ、もっとしてほしいと思う。  この感触を子どもの頃、何度も味わった気がするのは、きっと気のせいなんかじゃない。 「会えねえ間も、おまえを思わない日はなかった。けど、ここからじゃ手が届かねえくらい遠くにいた。オレからじゃ会いに行けねえ。だから近くで見守ることも、助けることもできなくて、ずっともどかしかった。『今日も律が笑顔で過ごせますように』って祈ることと一日も早く会えるよう、立派な白狐の大人になる努力をしたんだ。結局、今日までかかって、おまえに苦しくいやな思いをさせちまったな……」 「いいんです。今、こうやって、また出会えたから」  気づいたら、そんな言葉が自然と出た。 「思い出したのか?」と訊き返され、「いいえ」と首を横に振る。「でも僕の本能が、身体がずっと会いたかった人だ、って教えてくれます。僕も、あなたの隣にいたいです」  恐る恐る顔を近づける。今度は、ちゃんと天さんの唇に触れられた。  唇を重ね合わせているだけなのに、頭の芯が解けてしまいそうなくらい気持ちいい。  唇が離れると天さんは、眉間にしわを刻み、鬼のような形相をした。  困惑していたら、手を引かれて出入り口の横にある扉へ連れて行かれる。  ドアを開くと、大きな鏡と清潔感の漂う白い洗面所、トイレに繋がっている木製のドア、透明なガラス戸で隔てられたバスルームがあった。 「脱げよ」 「へっ?」 「それ、てめえが好きで着てるものじゃなく、店で着させられた衣装だろ」  そうだ。オメガとして保護されたものの、服装は風俗店で着させられたベビードールのままだった!  思い出した途端に猛烈な恥ずかしさと気まずさを感じ、さあっと血の気が引く。 「不快な格好をして、すみません」  脱ごうとしたら、なぜか天さんがネクタイを外し、靴下を脱いで、ワイシャツの(そで)をひじまで折っていく。 「何をしているんですか?」 「決まってるだろ。消毒の準備」  僕が疑問符を頭に浮かべている間にパンツの(すそ)も上げてしまう。 「おまえの身体からオレ以外のアルファの臭いがプンプンする。だから隅々まで洗うんだよ」 「子どもじゃないんですから自分で洗えますよ。それに発情期を起こして……あっ」

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