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第8章 似て非なる世界1
その後、抑制剤で発情期が治まり、おまわりさんたちにお礼を伝え、ホテルの外へ出た。
家なし状態になった僕は、天さんの魂の番ということもあって、彼の家に連れて行ってもらう——要するに保護してもらうことになったのだ。
彼の運転する白い乗用車に乗り、窓の外の景色を眺める。
僕のいた場所は群馬の田舎だったけど、転移した場所は、異世界である日本の首都・東京だ。
建物は高層ビルばかり。
道は、人と、あやかしが多く行き交っている。地上には僕のいた世界でも目にすることのあった車と空を飛べないあやかしがひしめき合い、空には空を飛べるあやかしと魔法使いや魔術師、魔女がほうきや浮遊魔法を使って飛んでいる。
ぼうっと景色を眺めているうちに天さんが「坊っちゃん」と呼ばれていたのを思い出し、彼に声をかける。
「天さん」
「んっ、なんだ?」
「天さんは、部長さんたちと古くからのお知り合いなんですか?」
「まあ、そうだな。恥ずかしい話だが、ガキの頃から部長たちに『坊っちゃん』って言われて、かわいがられてきた」
「お父様が警察関係者ってことですか?」
「まあ、そういうこった」と彼は一時停止し、T字路でハンドルをゆっくりと右に切った。「まあ、その話は追々ってことで。律の住んでいるところは田舎町、だろ」
「はい、そうです。東京へ行ったことがないし、初めて見るものばかりでテンションが上がっています」
「ビックリしただろ?」
「はい! ちなみにお住まいは、どんなところにあるんですか?」
「住んでる場所は閑静で自然も多いところだな。おまえもすぐなれるよ」
「そうなんですか! ほっとしました」
田んぼや畑が家の近くにある、田舎に住みなれた僕にとって朗報だ。
いきなり都会の喧騒になれろと言われても、なれるものじゃない。似て非なる世界に順応するだけで手一杯だ。
多摩市や近隣地域のベッドタウンの中でもファミリー向けの市街地に住んでいるんだろうかと予測を立てる。
「天さんはどういったお仕事をされているんですか」
「公安」と彼は端的に答えた。「テロリストや海外の工作員から国を守る仕事だ。律は、なんの仕事についてたんだ? 在宅ワークとかか」
「僕はレストランで働いていました。厨房です」
「バイトか、それともパート?」
「じつは正社員でがんばっいてたんです。でも、僕のいた世界のヤクザに『身体を売るか、臓器を売るかふたつにひとつだ』って言われて、やめちゃいました」
あのときは本当に悔しかったなと思い起こす。
Ωの僕でもできる仕事——それも子どもの頃からの夢をせっかくかなえた。おじいちゃんに「律は料理上手だな。将来は料理屋さんになれるぞ」と耳がたこになるくらい言ってもらって実現したのに、不本意な形で中途半端に終わらせてしまった。
「じゃあ、こっちの世界でも調理の仕事についてみたら、どうだ?」
「えっ……」
驚きのあまり、どういう意味の発言か一瞬、頭が追いつかなくなる。
「確か履歴書なしでオッケーなところもあるって聞いたことあるな」
「天さん、僕みたいにあやかしでない普通の人間でも、この世界で働けるんですか?」
「ああ、じゃんじゃか稀人や異世界のやつが来るのが日常茶飯事だからな。律は若いし、努力家だからな、すぐに雇ってもらえると思うぞ」
「本当ですか!? よかった……その言葉を聞いて安心しました」
そこで、はたと気づく。
「普通のαはΩが働いたりするのをよく思わないと聞きます。天さんは僕が外で働くのに反対しないんですね」
「家で、のんびりしてもらうのも、ぜんぜんありだぜ」と優雅に品よく笑った。「でもオレとしては、外の世界で友だちや知り合いを作るのに賛成。仕事に手こずって土日も家になかなか帰れてねえんだわ」
「えっ、そうなんですか」
ひとりで留守番するのには、なれている。
でも自分の知らない世界でひとりで過ごすとなると状況は変わる。
大丈夫だろうかと不安に思っていれば、「安心しろよ」と元気づけられる。「おまえの帰りを待っているのはオレだけじゃねえ。あ い つ ら も、おまえの帰りを待っている」
「『あいつら』って?」
不思議に思い訊いたら「会ってからのお楽しみだ」と口角を上げ、茶目っ気たっぷりにウインクをする。
そんな姿もサマになっていて見とれてしまう。
「律の料理を食えるのも楽しみだ。残業なし、定時上がりにするぞって、やる気がわいてくる」
「着いたぞ」とドアを開けてもらい、外へ出る。
「あの、おうちって……」
「これがオレの家だ」
「ええっ!?」
日本史の資料集で見た平安貴族の住んでいた寝殿造りが家だと説明され、茫 然 とする。
なんでも天さんのご先祖様が、お稲荷さんに仕えた際に下賜されたお住まいで、半年前までは彼のおじいさんと、おばあさんが住んでいたそうだ。
しかし天寿をまっとうし、ふたりが亡くなった後は、天さんのお父さんが遺産相続し、天さんに管理を任せている。
家にはお手伝いさんとして働いているきつね妖怪がいて、後はものに宿る付 喪 神 が掃除、洗濯、料理なんかを率先してやってくれるんだとか。
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