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第10章 心休まるひととき1

 その言葉を耳にした瞬間、僕は目を覚ました。  一瞬、見知らぬ和室に夢の続きを見ているのかと身構えたが隣で布団を敷き、寝ている天さんの姿が目に入る。  そうだ、異世界の日本に来たのだと思い出す。 「……どうした? やな夢でも見たんか?」  寝ぼけたままの天さんに身体を抱き寄せられる。  彼が運命の人だからだろうか、嫌悪感は微塵も感じない。むしろ懐かしさを感じさせる甘い金木犀の香りとぬくもりに包まれ、安心感を覚える。  まだ幼かった頃、おじいちゃんが添い寝してくれたことを思い出し、胸がいっぱいになって泣きたい気持ちになる 「あなたが出てくる夢だったので大丈夫です」 「そっか……なら、よかった」  それだけ言うと彼はすうすう子寝息を立てる。子どものような寝顔で眠ってしまったのだ。  壁にかけられたアナログ時計を見れば、時刻は二時半過ぎだった。  ここ最近、一週間は風俗での研修がいやすぎて、まともに寝れていなかった。横になっても目がギンギンにさえ、目を閉じてなんとか眠ると恐ろしい悪夢を見て汗だく状態になって布団を飛び起きる。  それが今はどうだろう。  お日様の香りと魂の番であるアルファのいい香り、温かい体温と羽毛布団のやわらかさが自然と眠気を誘う。  あやかしがいる世界でやっていけるか不安がないと言えば嘘となる。それでも天さんや、草太くんに梅子ちゃん、豆介くんや常磐くん、みんながいれば、なんとかなる。そんな気がして、そのまま穏やかな波に身を任せた。 「——りっちゃん、朝だよー」 「お寝坊さん、早く起きて!」  幼い男の子と女の子の声がして僕は布団をはねのけ、飛び起きた。  ふとんの両サイドには満面の笑みを浮かべた草太くんと梅子ちゃんがいた。  時計を見れば時刻は九時半過ぎ。  チュンチュンと鳴く、すずめの声がする。ふすまを開け放った窓から木もれ日が差している。 「今日は久しぶりに、いいお天気で外を散歩するのに、おすすめだよ!」 「朝ごはんを食べたら、このおうちや周りを案内するわ。さあ、顔を洗って、髪を整えて、着替えるの!」  人間の子どものように元気はつらつとしている彼らに起き上がるよう促される。 「あれ? 天さんは?」  隣にあったのは、きれいに畳まれた布団だけで、ものさみしさを感じながら尋ねる。 「五時頃出ていったよ」 「ずいぶん早いんだね」 「もっと早いときもあれば、何日も帰ってこないこともあるんだよ」  草太くんが教えてくれる。 「なんでもテロリストやΩを食い物にするホシをあげるのが仕事なんですって! 日本を守っているのよ」 「そうなんだ。この世界にも悪いやつがいるんだね」 「そうだよ。そこは、りっちゃんのいた世界と変わらないんだ」 「魔法使いや魔女のひき逃げ事件や速度違反に飲酒運転、エクトプラズマーや幽霊の万引きや盗撮、凶悪なあやかしによる殺人事件なんてね」 「でも安心して。天ちゃんみたいないい妖怪が、悪者を捕まえたり、やっつけてくれるんだ。『正義は勝つ!』ってね」  すると草太くんはスーパーマンやヒーローの真似をして決めポーズを取った。  そんな草太くんを横目で見ながら梅子ちゃんが「これだから男の子は」と愚痴をこぼした。「でも、あたしたちみたいな人畜無害な妖怪や魔物にモンスターが大半だし、天ちゃんみたいに力があるあやかしでも世のため、人のために能力を使う人がいるんだから」 「そっか、天さんって、すごく忙しい人なんだね」  それなのに魂の番である僕のために急な休みを取って、駆けつけてくれた。僕が寝てる間もそばにいてくれたんだ。  ありがたみを感じながら布団を手早く畳み、立ち上がる。  ふたりに導かれるようにトイレの場所や洗面所、台所と茶の間の場所を案内してもらう。  掘りごたつ席のテーブルの上には白い皿が大小1枚ずつあった。大皿にはベーコンエッグと葉物野菜のサラダ、小皿にはカリカリに焼いたトーストが入っていた。フォークとナイフが、からし色をした麻のランチョンマットの上に行儀よく並び、近くには四つ折りにした手のひらサイズの紙が置かれている。 「これ、付喪神が作ったの? すごいね」 「付喪神が作ったといえば作ったとも言えるけど、天ちゃんが作ったっていうのが正しいかな」 「天さんが作ったの!?」 「そうだよ。すごいでしょ!」  我がことのように草太くんが胸を張り、得意気な様子で鼻の下を人差し指でこすった。 「鉄フライパンの付喪神が火加減の調整を教えてくれるけど、焼いたのは天ちゃんよ。トースターは、まだ付喪神になってないし、ドレッシングはね天ちゃんが自ら調整して作ったものなの。電子レンジでパンを温めて召し上がって」 「そう、なんだ……」  梅子ちゃんに言われた通り、パンの載った皿を電子レンジで温める。  料理するのはもちろん大好きだけど、食べるのも同じくらい好きな僕にとって、これほどうれしいことはない。休みの日には敵情視察も兼ねて外食をしていた。  チン! と音が鳴り、ふっと電気が消える。中からホカホカに温まった食パンを取り出す。  草太くんが「開け、ごま!」と言うと冷蔵庫の扉が自動で開いた。  梅子ちゃんから「ジャムとバターでいい?」と訊かれ、「うん」とうなずく。

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