22 / 23
第10章 心休まるひととき3
「よし」
天さんのお金で買ってきた材料と向き合い、僕は台所に立ち、夕飯の準備にとりかかった。
夕食をとり、お風呂を済ませた僕は、少しでもこの世界について知ろうとテレビをつけた。零時ちょうどに就寝しようと考え、ニュースを見る。猫耳の女性キャスターと角が一本生えた男性が、海外で行き場のないΩを集めた保護施設を狙った銃乱射事件があったと話している。
——ピンポーン。
二十二時四十分過ぎにインターホンが鳴った。
こんな夜更けにいったい誰だろうと思い、いぶかしみながら玄関へ向かう。施錠していた鍵が勝手に開き、横扉がスライドする。
「天さん!」
「よっ、ただいま」
クタクタに疲れ果てている家主の天さんだった。
「おかえり、天ちゃん!」
「今日は早い帰りね」
一緒にテレビを見ていたみんなも、わっと駆けつける。
「えっ! こんな時間でも早いほうなんですか!?」
驚きながら黒のリュックを受けとった。ズッシリとしていて案外重たい。
「大丈夫か? 重いだろ」と声をかけられ、「大丈夫です」と答えた。
業務用油の詰替えやビール樽を運んだ経験により、少しは筋肉が鍛えられている。こんなところで役に立つとは思いもしなかった。
ふたりで話しながら居間へ移動する。
「このリュックの中にパソコンや紙の資料などが入っているんですね」
「まあ、な……重要機密のものは職場にだけ置いてあるが、それなりに大事なもんも入ってる」
「そうなんですね。お帰りが遅いですけど、いつもこうなんですか?」
「毎日ってわけじゃないが残業が何十時間もあって何日も徹夜することもあるわな」
残業があっても、精々一、二時間くらい。急な休みによるシフトの穴を埋めるために急遽仕事に入ることはあっても、深夜まで働いたり、徹夜したことのない僕とはまるっきり住んでいる世界が違うのだなと思い知らされる。
「いいにおいがするな。風呂に入ったのか?」
「はい、先にお湯をいただきました。後……」
「後?」
「ご迷惑でなければなんですが、ご飯を食べてみてください。お口に合うかどうかわかりませんが」
天さんはハトが豆鉄砲を食ったように目を丸くした。
「まさか……オレのぶんまで作ってくれたのか? ありがたいけど、わざわざそんな手間ひまかけなくてもいいんだぞ」
「いえ、その……みんなで食べるぶんを作っていたら自然とあまったんです」
「なんだ、そういうことか」とあからさまに肩を落とす。
草太くんに梅子ちゃん、豆介くんに常磐くんと自分のぶん。大人数向けで食事を作ったのは事実だ。
でも——再会して、どんな人となりをしているかもわからない、こんな僕を受け入れ、住むところと食べるもの、衣類を提供し、自由に使えるお金も渡してくれた。
僕を心から信頼してくれている天さんに何かささやかな恩返しをしたいと思ったのは事実だ。
彼との過去の記憶を思い出せず、自分のお金を一銭も持たない僕が唯一できるものといえば——料理しかなかったのだ。
天さんにご飯を食べてもらいたい。「おいしい」という言葉を耳にしたい。一日の疲れを少しでも食事で癒せたらいいなと願いながら作った。
「今日はね、鮭のホイル焼きとひじきの煮物、なめこと豆腐のお味噌汁だよ」
「全部、りっちゃんの手作りです。すっごく、おいしかったですよ」
豆介くんと常磐くんの言葉に「そんなことないよ」と返事をする。
ちらと目線を上げて天さんの様子をうかがう。
もし「ほかで食べてきたから、また今度な」と言われてもショックを受けるな。スマホがなくて、あらかじめ連絡をとっていなかったり、天さんが出かける前にきかなかった僕がわるいんだから。
「あんま、そういうのは好きじゃない」という言葉を受けたとしても事前にリサーチしなかったのが悪い。大丈夫、「手早く食べられるものを好む」という情報にもとづき次に活かせばいい。
ドキドキしながら彼の返答を待つ。
きゅるきゅるきゅるー。下のほうからネズミの鳴き声くらいの小さな甲高い音がする。
白い肌をほんのり赤く染めた天さんが、頭の後ろを右手で乱暴にガシガシ掻いた。
「マジかよ。すっげえ、うれしい。めちゃくちゃ腹減ってたから、ありがたいわ。サンキュー」
その言葉を受けて、僕の胸は踊り、思わず破顔した。
「よかったです。天さんは手早く食べられる料理を口にすることが多いと聞いていました。ファストフードでないと食べてもらえないのかと自信なかったんですけど……」
「仕事柄っていうだけで、嫌いなものはほとんどねえよ。『ゆっくり飯食いたい』ってのが本音だし」
すると三人と一匹の妖怪が「ほら、大丈夫だったでしょ」と笑顔でこちらを見上げた。
「お風呂、先にしますか? 外も冷えてきますし」
「いや、飯のほうを先に頼むわ。もう腹がペコペコで死にそう」
「わかりました。おかずとお味噌汁をすぐに温め直すので少し待ってくださいね」
「ああ、悪いな。その間に着替えてくるわ」
一言残すと彼はリュックを受けとり、自室へ戻っていった。
ともだちにシェアしよう!

