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1 サント・ジーリオ孤児院(2)
三階の自室に戻ってベッドの端に座ると、自然と溜め息が出た。
大きく開けた掃き出し窓から外へと視線を投げかけると、雲一つ見当たらない晴れやかな空の下でコバルトブルーの海が眩く輝きながらどこまでも続いて見える。アレクサンドラの沈んだ気分とは裏腹に、よそよそしいほど穏やかで和やかな眺めだった。
涼しく爽やかな夏の風が吹き込んで、アレクサンドラの短い黒髪を揺らす。
アレクサンドラは目を閉じた。
過ぎゆくものだけは優しいと思う。
一瞬で過ぎゆくものは責めることもなく虐げることもなく、他人にかまわずに去ってゆく。留まろうとするものほど厄介だ。
(なんて、この場所にそぐわない優しさだろう)
何もかもが嘘みたいで、このままちゃんと目が覚めてこの悪夢が終わればいいのにと思う。
反芻するように、無事に卒業を迎えたキエーザの姿を瞼の上に思い浮かべた。
彼を羨ましいと思う気持ちは不思議なほどに起こらない。逆に、どうにも気分は落ち着かなかった。
実のところこれからキエーザはどうなってしまうのだろうという不安のほうが大きい。更生院という建物に対する不信感だけが、胸の奥で不穏な音を立てながら膨らんでいる。
「いつか必ず半島で会おう!」
キエーザの声がこだまする。
(そんな日が来ると、本当に信じているのか?)
できることならキエーザの両肩を掴んで、正面から問い直したかった。お前と俺が生きてこの島から出られる日など、本当に来るのか?――――と。
アレクサンドラは不意に、自分の体がかたかたと震え出しているのに気づいた。
寒いのではなくて怖いのである。それは未来に対する現実的な不安であって、その現実は三か月を待たずにアレクサンドラへと降りかかる。
アレクサンドラにはここ数ヶ月間抱き続けている疑問があった。
十六歳となってサント・ジーリオ孤児院を無事に卒業した少年少女たちは、果たして本当にこの島から出られているのか――――という疑問である。
コンテナ船ひとつ通らない大洋に浮かんだ小さな孤島、それがマクシミリアン島だ。建物といえば東西に並んでいる孤児院と更生院だけしかない。
この島には、きまって月曜日と金曜日の午後に定期船が訪れ、孤児達の体を買う客をおろして去ってゆく。そして翌昼、どこからか現れて一晩愉しんだ客を乗せて消えるのだ。
唯一の埠頭は島の南側にあり、偶然にもアレクサンドラの部屋からよく見える。
アレクサンドラはある時期から、注意深く埠頭を観察するようになった。
最初は、出帆する船に乗り込む卒院生が見られるかもしれないといった、在院生としてのたわいもない願望からだった。
しかし半年ばかり経つうちにある違和感に気付いた。いつまで経っても、この島を後にする彼らの姿を見る機会がない。毎年少なくとも数人は卒院するのに、その姿を一人として見られないのは、どう考えても不自然だった。
もしかしたら、自分の就寝中や食事中に船舶が来て卒院生を連れ出しているのかもしれない、そう考えたこともある。
だが埠頭に船が着くときはどうしても気配がある。食堂からも埠頭は見えるし、アレクサンドラがそれに気づかないはずはない。
加えてこの島には灯台がないのだ。船舶が夜間に着く可能性もまずないと考えられた。
――つまり、卒院生たちがこの島から出られていない可能性が濃厚なのだ。
だとするなら、半年程度で島を出られると約束されて卒院した彼らは、いったい更生院で何をしているのか、させられているのか、皆目見当が付かない。
(いったい、更生院って…)
更生院と呼びつつ、彼らはまた別の客をとらされているのではないか。
(最悪、この島のことを口外させないために殺されているのじゃないか?)
そんな不安まで擡げてくる。
アレクサンドラは身震いした。実にありえそうな話ではないか、と――――。
(違う。そんなのは心配しすぎだ)
卒院生はアレクサンドラの知らないうちにちゃんとこの島を出させてもらっている。
そう希望を持ちたがっている自分がいる。でなければ救いがなさすぎるではないか。
最大の問題として、こんな疑心暗鬼をいだいていること自体、ティーチャーに覚られてはならなかった。知られたら最後、それこそ命とりになるような気がしてならなかった。
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