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1 サント・ジーリオ孤児院(4)

 ようやくお仕着せを着たものの、昼食後もずっとベッドで横になっていた。  空にはうっすらとかすれた雲がたなびき、午後の淡く長閑な日差しの中でアレクサンドラはうとうととしていた。  廊下の柱時計が三時を告げてから間もなく、不意にアレクサンドラの部屋のドアが開いてティーチャーのカロが声をかける。 「いつまで寝ているんだ、起きろ」  相変わらずチャイルドには横柄な男であった。 「う…ん――――、」  アレクアンドラはようやくの思いで意識を覚まし、横になったままで目をこする。 「――――眠いんだよ」 「いい加減にしろ。それよりマリエッタがお前に会いたいそうだ。行ってやれ」 「――マリエッタが……?」  眠気を払いきれないままなんのことかと思いつつ、口だけで相手した。 「ああ。朝からずっと機嫌が悪くて、飲まず食わずだ。お前なら説得できるかもしれん。食事をとれと言ってやれ」 「なんで、俺が…」  チャイルドの機嫌をとるのもあんたらの仕事じゃないかと、反論の一つもしたくなる。  精神含めたチャイルドの健康管理はティーチャーの役目のはずだが、こうしてしばしば年長者に押し付けてくる。こちらとて自分のことでいっぱいいっぱいの毎日を送っているのに、たまらなかった。 「マリエッタが病気になったら可哀想だろう」  心にもない殊勝なセリフを口にしてドアを閉める。 「嘘をつけ……!」  鬱憤を晴らすためにカロの消えたドアへ吠えた。マリエッタが病気になったら自分たちが困るからだ。まかり間違って死にでもしたら責任が問われるからだろう。  アレクサンドラは、ティーチャーの言葉などたとえそれがもっともらしく聞こえようとも、絶対に信じないようにしている。  彼らはチャイルドにとって完全な敵だ。なかなか客のつかないチャイルドを捕まえて自分たちの性欲を晴らすことだってある。実際、アレクサンドラもここに来たばかりの頃は何度かくらった。この島の職員はアレクサンドラの知る限り全員が男で、男同士のセックスも当たり前のように行われているのだった。  だるい体を起こしてマリエッタの部屋に赴いた。  マリエッタは茫然とした顔でベッドの上で横になっている。目が開いているから寝てはいない。彼女が朝食も昼食も取らなかったことは、裸の状態から見てとれた。  褐色の肌とつややかな長い金髪が窓から差し込む陽光に輝いている。ボディラインは人形のようにあどけなく、えもいわれぬ艶やかさを宿している。アレクサンドラはあらためて彼女がとても美しい少女だということに気付いた。 「そんな格好でいると、風邪ひくぜ」  あえて明るく声を発しながら、ソファの背もたれに無造作にかかってある物の中からバスローブを選んで、手にした。 「ハラ壊しちまう」  マリエッタにかけてやり、キングサイズのベッドの端に腰掛けるとギッと軋んだ音がした。  視線だけを動かしてマリエッタがアレクサンドラを見あげてくる。その睫毛は涙でしっとりと濡れていた。 (身を売る毎日が心底嫌になったのかもしれないな)  アレクサンドラは見つめ返しながらぼんやりとそう思った。  ここでの生活は途方もない苦役だ。  それを悲嘆して衝動的に慟哭したくなるときがアレクサンドラにもある。ある種の発作のようなものだ。 「朝から何も口にしていないんだって? そんなじゃ病気になっちまうぞ」  諫めるアレクサンドラに、抑揚のない、感情の見えない声が返ってくる。 「病気になりたいな。病気になったら死ねるでしょ」  気持ちは分からなくもないが、同意するわけにもいかないセリフだった。 「バカなことを言うもんじゃないぜ、マリエッタ。トトも言っていたろう? ここを出られる日まで生き延びろって。俺達はいつかここを出られるんだ」  その後でどうなるかは分からないが――――という言葉はむろん飲み込む。  トトの名前が効いたのか、突如として胸に込みあがったものがあったのだろう。マリエッタは両腕に顔を埋めて嗚咽した。 「そんな先まで、待てないわ。だってマスターが嫌なんだもん。ものすごく、嫌なんだもん……」  アレクサンドラはそれを客とのセックスのことだと思い込んだ。ゆえに返答も使い古されたものになった。 「ここにいる奴は誰だって、多かれ少なかれそれに耐えているんだ」  こんな陳腐な台詞など、当然マリエッタは求めていないと知りつつ。  しかし自分に言えることはこの程度だと諦めるしかなかった。親の借金返済のために、身を売る目的で子供が集められている島なのだから――――。 「アレクサンドラも、私みたいにされてる?」 「ああ、されてる」  ただマリエッタは体が小さい分、自分などには想像もできない痛みや苦しみがあるに違いない。だが、今それを口にしたところで前向きな結論に至るはずもない。 「耐えるしかないんだ、マリエッタ」  アレクサンドラの一言のあと、短い沈黙を挟んで「ううう…」とマリエッタが泣き出す。痛ましいほどにその小さな肩がぶるぶると震えた。 「よく我慢ができるわね……アレクサンドラ。私は、我慢できないわ。おしっこ、痛いもの。だから水を飲みたくないの。トイレに行きたくないの。ご飯も食べたくないの」  不意にアレクサンドラの背筋に冷たく走るものがあった。  目を見開いて、茫然とマリエッタを見遣る。  マリエッタの伝えたいことが今、ようやく飲み込めたのだ。 「お前――――、小便が出る穴に、何かされてんのか?」  マリエッタが弱々しく肯く。 「そうよ。毎回、棒を入れられる。アレックスもされているんでしょ? あれは、とても痛いわね。本当に、すごく痛い……」  マリエッタは先程から、尿道に責め具を入れられるつらさについて語っているのだ。  それはアレクサンドラも定期的に経験する。尿道からチューブを挿入し、前立腺を刺激して快楽を得させようとする性戯だ。それ用のチューブはご丁寧に性具箱の中に用意されている。  ティーチャー達は客に対して潤滑ジェルを使うように薦めてているが、客はおかまいなしだ。こちらが激痛を訴えても小便で濡らせとからかうのがオチだった。客はチャイルドなど生きた人間だと思っていないのだ。むしろ加虐趣味の客は、体のいい遊びとしてこの非道を嬉々として行う。  てっきり男用の性戯かと思っていたが、マリエッタまでやられていたのだ。アレクサンドラはそのことに生まれて初めて味わうような強い衝撃を受けた。  全身の血が凍ったようだ。毛の全てが逆立つ感覚がする。あの酷な仕打ちを、こんな幼い少女がされていることに、吐き気が催すほどの怒りを感じた。  できることならマリエッタをそんなふうに苦しめる客を今すぐに殺したい。肉の原形を留めないくらい切り刻んでやりたい、そう思った。しかしマリエッタと同じ奴隷としてここにいる身では、何一つできないのだ。

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