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2 マッシモ・コジモ(2)

 ソファに身を沈めて脚を投げ出している男の前で膝をつき、股座(またぐら)へと顔を埋めてその猛りを頬張る。  男から流れてくるポマードの香りは野性味があって蠱惑的だ。脳髄の芯まで刺激し、アレクサンドラの肉体の奥をずんと熱くさせる。  マッシモ・コジモのいきりたった雄は嵩高(かさだか)で頑強である。長身の逞しい体格にふさわしい立派なものだった。男根自体があまりに大きいうえに、彼は長時間の刺激を与えないと射精しない。  舌で摩擦を与え続けていると喉の奥や頬の裏側までが引き攣るように痛くなってくるのだが、とはいえアレクサンドラはマッシモに買われる夜がけして嫌いではなかった。この男は元来子供を相手にセックスするタイプではないのだ。おかげで「後ろ」の繋がりを一度も求められたことがない。求められるのはいつも口淫のみであり、たとえそれが長くつらくとも、一晩中セックスするよりは断然、マシだった。 「相変わらず超がつくほどの下手くそだな、お前は」  余裕のある綽綽とした口ぶりで(いじ)めるように言う。そんな皮肉にももう慣れた。この男はいつもこんなしゃべり方をするのだ。顔はすっきりと涼しげなくせに、腹の底に響くような低い声をしている。  アレクサンドラは口いっぱいに含んだまま、おずおずと上目遣いで見あげた。  マッシモがまなざしをこちらへと注いでくる。口元にはかろうじて微笑を刻んでいるが、冷ややかに品定めをしているような一点の甘さもないまなざしだった。  アレクサンドラとしては早く「イって」もらうための工夫をあれこれ試してはいるのだが、マッシモには一向に効果がない。  さすがに焦れたのか、マッシモは腰を浮かせてやおら立ちあがった。中腰になってアレクサンドラの頭を掴み、ストロークの速度をあげる。喉の奥へと固い先端が容赦なくあたり、その度にアレクサンドラはグェッと嘔吐(えづ)いた。  マッシモの乱暴な挙動に被虐的な刺激を受け、アレクサンドラの陰茎もまた次第に昂ぶって根元から()ちあがる。マッシモが喉の奥へ射精したと同時に、アレクサンドラも己の陰茎からじわりと先走りを漏らした。十歳の時から口淫の後にどうしたらいいのか教えてもらえず、苦い液体を反射的に飲みくだす。  マッシモは、アレクサンドラの昂ぶりにはかまわず服を整え始めた。  射精の時も顔色ひとつ変えない男だが、行為後も実に淡白であった。  アレクサンドラは疲労を覚えながらベッドへ倒れた。そんなふうにだらしない態度をしてもマッシモは一向にかまわない。他の客だと「気を抜くな」とひっぱたく奴もいる一方で。  マッシモが浴室へと消えた。  アレクサンドラはウトウトしながら自慰をした。一旦達して陰茎の興奮も治まったころ、マッシモがバスローブ姿で出てくる。 「俺も、浴びてくる…」  手近な布で精液を拭い、けだるく起きたアレクサンドラは、ふと思い出したふりをした。 「そうだ――――あんたに見てもらいたいものがあるんだ、ミスター」  ここでの公用語は英語だから、アレクサンドラはマッシモがイタリア人だと知っていても「シニョール」ではなく「ミスター」と呼ぶ。ライティングデスクから一冊のスケッチブックを持ってきてマッシモへと差し出した。目にしたマッシモがきょとんとする。 「なんだ」 「昨日、暇だったから。たまには絵を描くのもいいかなと思ってさ。あんた、前にこの島を描いた絵葉書をくれたろ? あれを真似してみたんだ。同じように色は付けていない。鉛筆画が気に入ったからさ。俺がシャワー浴びてる間に眺めていてくれると嬉しい。あんたの感想が聞きたいんだ」  不意に、気付くだろうかと不安になる。ここで暗号に気付いてもらわなくては先に進めない。 (いや、でも、この男なら気付くだろう)  ティーチャーたちの噂では切れ者だというし、なんといっても暗号文を先に送ってきた相手だ。そう思い直してスケッチブックを手渡し、シャワールームに向かった。  マッシモに渡した絵には前もって、海の波の模様の中に『チャイルド全員でこの島から逃げたい』と、例の暗号を使ってしたためておいた。波の下半分を空白にしたのはマッシモに返事を書いてもらうためだ。なんとしても色よい返事を取り付けたかった。 「よく描けている」  シャワーから出てきたアレクサンドラにマッシモは眉一つ動かさずに伝える。 (もしかして気付いてくれなかったのかな……)  一瞬、アレクサンドラの胸に落胆の溜まりが湧いた。 「だが、波の描写が今一つだな。鉛筆をよこせ。いい描き方を教えてやる」  その一言に心臓が跳ねた。 「そう? やった…!」  暗号に気付いてくれたのだろうと期待に胸を膨らませながら、スケッチ用の鉛筆を持ってきてマッシモに渡した。  絵の描き方を見せてもらうふりをして隣に腰をおろす。  このようなやりとりもみな、ティーチャー達が監視カメラで見ているはずだ。逃亡の手助けなどを頼んでいるのだと知れれば計画はおじゃんになる。二度とマッシモに会わせてもらえなくなるだろう。  だからやりとりはさりげなくしなくてはならなかった。こんなふうに客の趣味に合わせて教えてもらうふりをしていれば、逆に客の歓心を買う努力をしているように見えて、ティーチャーたちの自分への印象は良くなるだろう。 「これくらい細かく描き込まないと迫力に欠ける」  悠然と言いながらマッシモは波模様をガシガシと描き込む。 「へえ…!」  視界の中で待ち受けていた暗号文字が並ぶ。 『チャイルド全員は無理だ。お前だけなら助けてやる』  返事はイタリア語でそう読めた。  アレクサンドラは少なからず失望した。自分の希望はこの島を一人で抜け出すことではなく、今つらい思いをしているチャイルド全員で助かることだ。マリエッタのような不幸なチャイルドを二度と出さないためにも譲れないところだった。 「やっぱりあんた、絵が巧いんだな。真似してもいい?」 「もちろんだ」  そんな芝居を打ちながら『チャイルド全員で』と、アレクサンドラは改めて頼んだ。 「こう?」 「少し、違うな」  アレクサンドラの描画を直すふりをして今度はマッシモが鉛筆の芯を走らせる。  返された模様にはやはり、『無理だ』の一言が描き込まれていた。  マッシモはそのまましばらく本当の波模様を描いていた。  ティーチャー達は後でこの絵を見るだろう。その時に怪しまれないようにとのマッシモの気遣いのように思えた。 「どうだ」  マッシモが満足げにアレクサンドラへとスケッチブックを向ける。 「うわ、すげぇ。俺も、」  アレクサンドラは鉛筆を受けとった。 「俺の双子の兄はさ、画家を目指してんだけど、神様は俺には絵の才能をよこし忘れたみたいなんだ。だけど、こうしてあんたと一緒に描くのはすごく楽しい」  おどけてみせながら、それはどこか事実のような気がした。  暗号まじりの模様を続けて描き込んだ。 『みんなで逃げたい。できれば、更生棟にいる卒業生達も一緒に』  波模様をたくさん加えた。マッシモの目が少しだけ見開かれたようになる。

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