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2 マッシモ・コジモ(3)

「空にも手を加えたほうがいい。全体の釣り合いが取れん」  マッシモによって新しい雲が足されてゆく。 『彼らはみな殺されている』  新しく加えられた記号に、アレクサンドラは息を飲んだ。  背中に冷気を感じた。  いや、そう考えたことは幾度もある。この島の秘密が外部に漏れないよう、卒院生たちは次々と殺されているのではないか、と。一方で「そんなことあってたまるか」と必死に打ち消したがった自分もいたが、マッシモが言うのなら本当なのだ。 (あんなに希望をもってここを出て行ったトトも、殺されてしまったのか)  思わず、目の奥が熱くなってしまう。 『この島の秘密を守るためか?』  震える手で暗号を書き込んだ。  鉛筆を手に取ったマッシモが、彼には珍しく一瞬だけ続きに躊躇する。まるで、本当のことを告げたらアレクサンドラがショックを受けるのではと心配するみたいだった。 『それもあるだろう。しかし彼らの本当の目的は臓器(organi)だ』  予想もしていなかった返答に視界が暗くなる。 (臓器(organi)――――?)  ごく一部の超富裕層のために移植可能な臓器が闇市で高額取引されていることは、小説か何かで読んだことはある。だがそれが現実の話で、ここの卒院生たちがその犠牲になっているとは夢にも思わなかった。  灼熱に焼き爛れるように胸の奥が激しく痛んだ。吐き気が込み上がる。精神が燃え尽きてほろほろと崩壊してしまいそうだった。 『なんでもするよ。だからここの大人を全員殺してくれ、ミスター』  アレクサンドラは乱暴に書き足した。 『俺たちを助けてくれ』  この島は大罪を犯し過ぎている。そのことを知った自分は、もはやなんのためらいもなく仲間の復讐を果たせるだろう。  何より、あと数か月で卒院しなくてはならないアレクサンドラ自身が生き延びるために、しなくてはならない戦いだった。自分のためにも、この島を殲滅させなくてはならないのだ。  アレクサンドラからスケッチブックを奪ったマッシモが鉛筆を走らせる。 『私の養子になると約束するなら』  この後に及んで、まだ自分に執着を見せるマッシモに少なからず舌を巻く。  自分のどこをそんなに気に入ってくれたのか皆目見当は付かないが、今はまさに渡りに船だ。復讐を果たしてチャイルド全員を助けられるのならば、自分の人生をマッシモに売るくらい安いものに思われた。 『分かった。約束する』  どうせこのままここにいたところで数ヶ月の命だ。更生院という偽りの施設で身体を切り刻まれ、臓器を売られる。ならばその運命ごと変えるしかないのだ。迷う理由などなかった。 『来週の金曜日早朝に決行する』  さらさらと、涼しい顔をしたマッシモが描き加える。 『お前はここで待っていろ』 『チャイルド全員を助けてくれるんだな』  やはりそこはどうしても譲れない部分なので念を押した。 『そうだ(シー)。ただし、養子になる約束を忘れるな』  お互いの手でざくざくと書き足される暗号入りの雲。  その模様は鉛筆によって今にも雨が降りそうな闇色に彩色されてゆく。  これからこの島に血の雨が降るのだ。  その日が待ち遠しかった。 「なかなか味のある絵に仕上がったな」  スケッチブックを手にしたマッシモが腕を伸ばして満足そうに眺める。  目を細めたその仕草は純粋にドローイングを愉しんだ人物そのままだ。 「ああ、最高だ」  スケッチブックを返されたアレクサンドラは、そのページを開いたままライティングデスクの上に置いた。後でティーチャーたちのチェックが入るだろう。こうしておいたほうが怪しまれなくていい。二人の暗号はもう到底見分けられないほど、細かな模様の中に埋もれていた。 「しばらくこうして飾っておくよ、ミスター」 「ああ。そうしておけ」  マッシモが喉を鳴らす。  この男ならきっとやり遂げてくれるだろう。マッシモにはそう確信させる頼もしさがあった。  アレクサンドラは覚悟を決めた。  この島を、この孤児院を、破滅に追い込むのだと――――。

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