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2 マッシモ・コジモ(4)

 夜中過ぎだというのに目が冴えている。  あすは決行日だから早く起きなくてはならないのに、神経が昂っていて寝付けなかった。  トイレに起きたついでに時間をチェックする。一時少し前だ。これは決行の時間まで長く感じられそうだと、溜め息を飲みつつ再び布団にもぐる。監視カメラ越しのティーチャーに疑われたくなくて、わざと大きく欠伸をして、毛布を被った。  しかしやはり眠れない。  いっそこのまま朝まで起きていようか。明朝、この島を出られれば気分が変わってゆっくりと眠れるだろう、などと考えているうちに、アレクサンドラの意識は落ちていた。  けたたましい騒音で目が覚めた。稈尺玉が弾けたような爆音が断続的に続いている。  掃き出し窓から入る潮風は硝煙の匂いを帯び、空気は白々として夜明けが間近であることを物語っていた。 (始まってるんだ…!)  アレクサンドラはベッドから飛び起きた。慌ててバルコニーに出る。となりのバルコニーではチャイルドのフィリポが驚いた顔をして眼下の庭を見おろしていた。  その視線に吊られるようにして目を走らせると、埠頭に二隻の白い船が停泊しているのが視界に入った。手前のフェリーからは迷彩服姿の者達が次々と現れる。いずれも手にしているのは機関銃のようだ。同じく迷彩柄のヘルメットをかぶり、顔にはゴーグルをつけている。まるで戦争並みの重装備じゃないかとアレクサンドラは仰天した。  瀟洒な曲線を描くアイアン製の門の前後で、激しい撃ち合いが始まった。  海側からの機関銃の攻撃に孤児院側のスタッフがピストルで応戦している。  孤児院側が劣勢なのは一目瞭然だった。ピストルで相手にいくらかダメージを与えても、機関銃で勢いよく掃討されては(かな)わない。  侵入者たちは孤児院のスタッフに応戦しつつ、門の錠に雨粒のような銃弾を浴びせている。壊して中へ侵入するつもりなのだろう。  度肝を抜かされて唖然と眺めていると背後から怒声がふりかかった。 「中に入っていろ! そんな所にいたら頭をブチ抜かれるぞ!」  アレクサンドラの部屋のドアを開けたティーチャーのカロが叫んだのだ。よもや狙われているのが自分たち大人だけだとは、思っていないらしい。  カロは右手にピストルを持っている。これから彼も銃撃戦に加わるのだ。その前に自分たちチャイルドの様子を見に来たに違いない。  カロはドアを閉じるなり外からガチャリと錠を掛けた。どさくさ紛れにチャイルドが逃げないようにするためだろうか。 (あいつも、今から()られるんだ)  少なからず自分の命を心配して見に来てたカロに多少の同情を覚えないと言えば、嘘になる。だが、別に、それもアレクサンドラのためじゃない。チャイルドは大事な「商品」だから、傷つけないように気遣ったに過ぎないのだ。  この島の大人達全員を殺してくれと、アレクサンドラはマッシモに頼んだ。  あの機関銃を持った集団がマッシモの答えなのだとすれば、後戻りはできない。 (これでいいんだ――――悔やむな!)  夥しい血が流れるだろう。その罪悪感に気持ちが苛まれそうになる自分を、瞼の裏にトトやマリエッタの姿を思い浮かべて必死に奮い立たせた。 (だって、そうだろう?) 『無事に卒業できてよかったな、トト!』  カロは、トトが更生院で切り刻まれることを知りながら何食わぬ顔でそう言ったのだ。  そればかりではない。  ここに来たばかりのまだ十歳だったアレクサンドラをさんざんレイプしたのもカロたちだ。湿っていない秘所にデカく尖ったものを突っ込まれた時の激痛は、今でもなお生々しく思い出すことができる。痛いからやめてくれと泣いて喚いても、「これがお前の運命だ、思い知れ」と言って笑いながら犯したじゃないか――――。 (あいつだけじゃない)  ここにいる大人たちは皆、チャイルドに売春させては時に自分も愉しみ、十六歳になれば故郷へ帰れると騙しながら、殺して臓器を奪う更生院へと送り出していたのだ。  絶対に許してはならない。死をもって償わせなくてはならない。  銃撃戦は建物の中へと進行していた。あらゆる方角から立て続けに発砲音が聞こえてくるので分かる。側の廊下からも聞こえ始め、ティーチャーたちの悲鳴が混ざる。断末魔の呻きもあちこちから響いてくる。  のたうつようにベッドによじ登り、アレクサンドラは両手で耳を塞いだ。そのまま目をきつく瞑る。銃弾の音は鼓膜をしたたかに震わせ、瞼の裏には死に苦しむティーチャーたちの顔が浮かぶ。  これがマッシモのやり方だ。  徹底的に殺す。  容赦がない。  これがマフィアのやり方なのだ。 (どこに俺は落ちてゆくのだろう?)  膝が腹につくくらいに、深く腰を折った。  できることなら赤ん坊になって母の子宮に戻り、時をさかのぼって消えてしまいたいと思う。時間が戻るなら――――。  早く終わって欲しいと願っているぶん、銃撃戦は途方もなく長く感じられた。窓から吹き込む風が運ぶ硝煙の匂いは刻一刻と濃くなっている。咳き込みそうになるほどの不快さだった。  突如として錠を鋭く開ける音がして、アレクサンドラの部屋のドアが開いた――――。

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